交響曲第九番「中断つき」

前回紹介したこの本には演奏会中の(笑える)ハプニングが幾つか紹介されていたが、それを読んでいて思い出したのが、かつてチェロを弾いていた俺自身が体験したトンデモ話。だいぶ前の事なので記憶も曖昧だが、事実である。


時は70年代末、暮も押し迫った12月某日夕刻。所は都内某公会堂。恰も当時俺の所属していた大学のオケによる「第九」本番その日であり、ほぼ定刻通りにそれは開演となった(なお以下「先生」とは当オケの指揮者の意)。

1曲めの「未完成」に続き第九も第1楽章まで無難に進み、第2楽章スケルツォに入った。するとその数分後、舞台裏の方から「ドタドタドタッ!」という音が聞こえてきた。「ん? 何だ??」と思いつつ演奏を続けていると、今度はオリ番のOさんが俺の左下(=ステージと客席の間)を指揮台の方へ向かってスタスタ歩いて行くのが見えた。先生もそれに気づき、右手で指揮を続けながらOさんと小声で何か話をしている。そして先生が「ウンウン」という感じで頷くと指揮棒が止まり(!)、演奏も止まり(!!)、客席が「ざわっ」とした。すると先生がその客席に向かって、こう切り出した。

「さきほど、このホールに爆弾を仕掛けたという電話が入ったそうです」

「客席の皆様は係員の指示に従って、直ちに避難してください」

一瞬静まり返った客席が次の瞬間には悲鳴まで混じって、みな一斉に立ち上がった。舞台上も同様で、周囲を見渡すと手際よく楽器を仕舞い込んでテキパキと避難する者もいれば、自主的に係員となって観客を出口に誘導する者もいれば、椅子に座ったまま肩を震わせ落涙する者もいればと様々。そんな中で俺はといえば「どーせデマだよ」とヘラヘラしていたら先輩に「バカッ! 本当だったらどうする!!!」と怒鳴られ、追い出されるように外へ出た。そして合唱団員が既に全員整列しているのを見て「なるほどあのドタドタはこれだったのね」と納得した。

こうして総員退避完了したはいいが、それに続く指示がないので団員も観客もみな玄関前で立ちっぱなし。そこへパトカーは来るわ野次馬が集まるわで、一帯は騒然とした雰囲気となった。状況が状況だけに「どっかでコーヒーでも」という訳にもいかず、そのまま待つしかなかった。そして寒さに震えながら「これは中止かな」なんて話をしていたら、そこへ「演奏を再開しまーす!」という声が聞こえてきた。「なにー! 本気かよー!?」と思ったが、みな駆け足で戻って行くので一緒になって走った。

驚くなかれ、約1時間の中断を挟んでそれは第2楽章冒頭から再開されたのである。言い方は悪いが、そこからまるで「何事もなかったかの様に」歓喜の歌へと突っ走ったのである。「第九」の演奏時間だけならギネスものである。

こうして終演予定時刻を1時間以上もオーバーし、波乱の「第九」は終わった。そして当然ながらその後「電話してきた奴(=犯人)はどこのどいつだ?」という話になったが、いろいろ噂はたったものの真相は結局闇の中のまま、いつしかみなこの晩の事を忘れていった。なお俺の知る限り、このオケがその後この公会堂を使った事はない。


今振り返ってみると、わずか30分かそこらでこれをデマと断定した当時の警察も凄いが、続きを演らせてくれた公会堂もスゴイと言うしかない。これが今だったら即座にTwitterだLINEだで全国に知れ渡り、野次馬より早く自衛隊が出動したかも。それにしてもあの愉快犯、いったいどこの誰だったんでしょー …

# 今頃これ読んでたりして