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音を楽しむと書いてオンガクする

Eine Alpensinfonie x 2

ひたすら派手でウルサイ曲を、大音量で聴きたくなる事がたまにある。メジャーどころでは惑星とかハルサイとかか。アラとロリーとか、復活とかもいい。つい先日もこの発作に見舞われ、選択したのが「大峡谷」。TELARCのやつ(=録音優秀)で、むろん「Cloudburst」のみ。スカッとした。

その時「あーやっぱここ、アレと似てるなあ」と思い出したのがリヒャルト=シュトラウスの「アルプス交響曲」。場面は暴風雨と雷、変な打楽器の大量動員という点からも似てきて当然という気はするが、これは当家のCDライブラリにない。Amazonで探してみたところ、同じTELARCからプレヴィンとウィーン・フィルのが出ていたので、安かったしでソク購入。それが到着したので「さーてでは早速そのドンパチから」と思ったところで「え?」となった。トラック、ひとつしかない  …   慌ててジャケット見てもトラックひとつ。なんなんだそりゃあ!

「おまえそれはないだろう」と天を仰いだが、観念してその「山に登って嵐に襲われて帰る」をたっぷり50分間堪能させて貰った。演奏自体は悪くないだけに、この手抜き(以外に理由が考えられない)が腹立たしい。そんならそうと書いとけよ > Amazon!  そこで意を決し、今度は店頭でこれまた安いシノーポリとドレスデンのやつを買って来た。むろんトラックが22に分割されているのを確認した上で、である。

左プレヴィン右シノーポリ

こんな次第で、僅か数日間で手元に「Eine Alpensinfonie」が2枚になっちまった。まあでも、この変な曲が以前より好きになっただけでも良かったかなと。いつか生で聴いてみたい。プレヴィンのはその練習にいいかも(笑)。

Moritz Moszkowski “Spanish Dance” Op.12 No.2

「スペイン舞曲」という名の作品は数々あるが、これはポーランドの作曲家モシュコフスキーの3曲からなる「スペイン舞曲集」の2番め。実はこの人の奥様は、かのセシル・シャミナードの妹(!)。それと関係あるのかどうかはわからないが、作風もなんとなく似ている。この曲もサロン風で覚えやすく親しみやすい。

そこは横須賀

昨日は知人のブラスの定期演奏会。毎年この時期に横浜界隈で行われるんだが、今回の舞台はなんとスカゲーこと「よこすか芸術劇場」!  実はこのワタクシ、横浜とは縁深いがその先の横須賀は殆ど知らない。それも今の住まいからだと、片道2時間近い長旅。ならばついでにと、少し早めに出て戦艦三笠を見てから行く事にした。地図で見ると「横須賀中央駅→三笠公園→芸術劇場(=汐入駅)」と歩いてもたいした距離じゃなさそうだったし。

だがその時、俺はこの時期ならではの重要な注意点をうっかり失念していた。そう、花粉である。家を出てすぐグズっと来て、たまらず途中でクスリとマスクを買ったが遅かった。そこから横須賀までの道中たるやクシャミと目のかゆみで散々、既にマスクが使い物にならなくなっていた。

それでもなんとか歩き出したが、思ったよりも三笠は遠かった。フラフラになりながらどうにか到着したものの、予定時間を大幅にオーバーしていてゆっくり見る時間がない。そこでやむなく外から眺めるだけにしてホールに向かったが、これまた思ったより遠い。頭の上を悠々と飛ぶトンビが憎らしくなってきた。徐々に息切れしてきて、殆ど惰性で歩き続けた。なんだか妙に外人が多くて、英語の看板ばかりなのは幻覚か? と思った。

東郷平八郎司令長官に敬礼しただけで終わり

それでもホールに辿り着く頃にはクスリが効いてきて、ようやく頭がスッキリしてきた。一階席の真ん中付近に席を取り、周囲を見渡してみて「嗚呼、なんていいホールなんでしょ!」と感嘆。たぶん俺の好きな「鳴り」だろうと思ったが、その期待は開演と共に報われた。これこれ、こうでなくちゃ!  と嬉しくなった。澄んだ高音と、ビシっと締まった低音。レベルの高い演奏共々、苦労して来た甲斐あったなとしみじみ。

そしてシメの「星条旗よ永遠なれ」で「そうか、ここは横須賀なのだ!」と我に返った。ジンガイさんだらけなのも当然、ここは海軍の街なのだ。見渡す限り英語の看板だった、あれこそが現実なのだと、ようやくここで理解した。

「異国情緒」と言っちゃいけないんだろうが、久々にエキゾチックな雰囲気を堪能できた、それはとても楽しい一日でしたとさ。

Robert Schumann “Zigeunerleben”

新年明けましておめでとうございます。どうか本年もこの変なサイトを宜しくお願い申し上げます。

ということで、2017年いっぱつめはシューマンの「流浪の民」。

これがキッカケで着手したが、やはりオリジナルのピアノ伴奏だけではつまらないので、ピアノ独奏版を参考にあれこれ。これも歌詞載せときましょう。

橅の森の葉隠れに
宴寿(ほが)い賑わしや
松明明(あか)く照らしつつ
木の葉敷きて倨居(うつい)する

これぞ流浪の人の群れ
眼(まなこ)光り髪清ら
ニイルの水に浸されて
煌(きら)ら煌ら輝けり

燃ゆる火を囲みつつ
燃ゆる赤き炎 焚火
強く猛き男(おのこ)安らう
巡り男休らう
女立(おみな)ちて忙しく
酒を酌みて注し巡る

歌い騒ぐ其の中に
南の邦恋うるあり
厄難(なやみ)祓う祈言(ねぎごと)を
語り告ぐる嫗(おうな)あり

愛(めぐ)し乙女舞い出(いで)つ
松明明く照りわたる
管弦の響き賑わしく
連れ立ちて舞い遊ぶ

すでに歌い疲れてや
眠りを誘う夜の風
慣れし故郷を放たれて
夢に楽土求めたり
慣れし故郷を放たれて
夢に楽土求めたり

東の空白みては
夜の姿かき失せぬ
ねぐら離れて鳥鳴けば
何処(いずこ)行くか流浪の民
何処行くか流浪の民
何処行くか流浪の民
流浪の民

流浪の果てに

先日久しぶりにシューベルトの「魔王」を耳にして「えーとこれによく似た曲、アレ、何だっけー??」の末に思い出したのが、シューマンの「流浪の民」だった。そしてこれもまたエラーク久しぶりに聴いてみて「アレッ!?」となった。あの「タター、タター」の最初の「タ」がアウフタクトではないか! これまで俺は、ここが拍の頭だと思っていた(恥)。

そこで甦ってきたのが、俺自身以前どこかでこれを歌った記憶。そしてその時に、やはりこの先で字余り感を覚え「オットット」という感じになった事。譜面を見ながらであればそうはならなかった筈なので、あれは大学に入る前 …  だが学校で、ではない。となるとあれは一体いつ、どこで???

と記憶の糸を手繰ってみたところ、浮かんできたのは中学への入学祝いに当時としてはまだ珍しかったラジカセを買って貰った時のこと。試しにラジオから何か録音してみようと思い、適当にチューニングして(たぶんNHK)録音ボタンを押した断片の中にこれがあったのだ。そしてその不気味な響きと緊迫感とが気に入って、暫く繰り返し聴いていたのだと思う。だから譜面どころか歌詞も聞き覚えで、歌ったというより曲に合わせて唸っていただけなんだろう(そもそもあの難解な歌詞!)。

その後洋楽にのめり込み、ほどなくこれも消去してしまった。またそれきり、この合唱曲の事も忘れてしまった。恐らくはそれがシューマンの作である事すらも知らぬまま。

以後「流浪の民」に対するこの勘違いはそのまま脳内に居座り、40余年の月日を経て今回ようやく是正されたのである。そこで折角だから、ヒマをみてその伴奏だけでも作っておこうかな、と思っている。多重録音で「ひとり4役」でもやってみようかな、と。

# この場合「5役」か

交響曲第九番「中断つき」

前回紹介したこの本には演奏会中の(笑える)ハプニングが幾つか紹介されていたが、それを読んでいて思い出したのが、かつてチェロを弾いていた俺自身が体験したトンデモ話。だいぶ前の事なので記憶も曖昧だが、事実である。


時は70年代末、暮も押し迫った12月某日夕刻。所は都内某公会堂。恰も当時俺の所属していた大学のオケによる「第九」本番その日であり、ほぼ定刻通りにそれは開演となった(なお以下「先生」とは当オケの指揮者の意)。

1曲めの「未完成」に続き第九も第1楽章まで無難に進み、第2楽章スケルツォに入った。するとその数分後、舞台裏の方から「ドタドタドタッ!」という音が聞こえてきた。「ん? 何だ??」と思いつつ演奏を続けていると、今度はオリ番のOさんが俺の左下(=ステージと客席の間)を指揮台の方へ向かってスタスタ歩いて行くのが見えた。先生もそれに気づき、右手で指揮を続けながらOさんと小声で何か話をしている。そして先生が「ウンウン」という感じで頷くと指揮棒が止まり(!)、演奏も止まり(!!)、客席が「ざわっ」とした。すると先生がその客席に向かって、こう切り出した。

「さきほど、このホールに爆弾を仕掛けたという電話が入ったそうです」

「客席の皆様は係員の指示に従って、直ちに避難してください」

一瞬静まり返った客席が次の瞬間には悲鳴まで混じって、みな一斉に立ち上がった。舞台上も同様で、周囲を見渡すと手際よく楽器を仕舞い込んでテキパキと避難する者もいれば、自主的に係員となって観客を出口に誘導する者もいれば、椅子に座ったまま肩を震わせ落涙する者もいればと様々。そんな中で俺はといえば「どーせデマだよ」とヘラヘラしていたら先輩に「バカッ! 本当だったらどうする!!!」と怒鳴られ、追い出されるように外へ出た。そして合唱団員が既に全員整列しているのを見て「なるほどあのドタドタはこれだったのね」と納得した。

こうして総員退避完了したはいいが、それに続く指示がないので団員も観客もみな玄関前で立ちっぱなし。そこへパトカーは来るわ野次馬が集まるわで、一帯は騒然とした雰囲気となった。状況が状況だけに「どっかでコーヒーでも」という訳にもいかず、そのまま待つしかなかった。そして寒さに震えながら「これは中止かな」なんて話をしていたら、そこへ「演奏を再開しまーす!」という声が聞こえてきた。「なにー! 本気かよー!?」と思ったが、みな駆け足で戻って行くので一緒になって走った。

驚くなかれ、約1時間の中断を挟んでそれは第2楽章冒頭から再開されたのである。言い方は悪いが、そこからまるで「何事もなかったかの様に」歓喜の歌へと突っ走ったのである。「第九」の演奏時間だけならギネスものである。

こうして終演予定時刻を1時間以上もオーバーし、波乱の「第九」は終わった。そして当然ながらその後「電話してきた奴(=犯人)はどこのどいつだ?」という話になったが、いろいろ噂はたったものの真相は結局闇の中のまま、いつしかみなこの晩の事を忘れていった。なお俺の知る限り、このオケがその後この公会堂を使った事はない。


今振り返ってみると、わずか30分かそこらでこれをデマと断定した当時の警察も凄いが、続きを演らせてくれた公会堂もスゴイと言うしかない。これが今だったら即座にTwitterだLINEだで全国に知れ渡り、野次馬より早く自衛隊が出動したかも。それにしてもあの愉快犯、いったいどこの誰だったんでしょー …

# 今頃これ読んでたりして