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音を楽しむと書いてオンガクする

Robert Schumann “Zigeunerleben”

新年明けましておめでとうございます。どうか本年もこの変なサイトを宜しくお願い申し上げます。

ということで、2017年いっぱつめはシューマンの「流浪の民」。

これがキッカケで着手したが、やはりオリジナルのピアノ伴奏だけではつまらないので、ピアノ独奏版を参考にあれこれ。これも歌詞載せときましょう。

橅の森の葉隠れに
宴寿(ほが)い賑わしや
松明明(あか)く照らしつつ
木の葉敷きて倨居(うつい)する

これぞ流浪の人の群れ
眼(まなこ)光り髪清ら
ニイルの水に浸されて
煌(きら)ら煌ら輝けり

燃ゆる火を囲みつつ
燃ゆる赤き炎 焚火
強く猛き男(おのこ)安らう
巡り男休らう
女立(おみな)ちて忙しく
酒を酌みて注し巡る

歌い騒ぐ其の中に
南の邦恋うるあり
厄難(なやみ)祓う祈言(ねぎごと)を
語り告ぐる嫗(おうな)あり

愛(めぐ)し乙女舞い出(いで)つ
松明明く照りわたる
管弦の響き賑わしく
連れ立ちて舞い遊ぶ

すでに歌い疲れてや
眠りを誘う夜の風
慣れし故郷を放たれて
夢に楽土求めたり
慣れし故郷を放たれて
夢に楽土求めたり

東の空白みては
夜の姿かき失せぬ
ねぐら離れて鳥鳴けば
何処(いずこ)行くか流浪の民
何処行くか流浪の民
何処行くか流浪の民
流浪の民

流浪の果てに

先日久しぶりにシューベルトの「魔王」を耳にして「えーとこれによく似た曲、アレ、何だっけー??」の末に思い出したのが、シューマンの「流浪の民」だった。そしてこれもまたエラーク久しぶりに聴いてみて「アレッ!?」となった。あの「タター、タター」の最初の「タ」がアウフタクトではないか! これまで俺は、ここが拍の頭だと思っていた(恥)。

そこで甦ってきたのが、俺自身以前どこかでこれを歌った記憶。そしてその時に、やはりこの先で字余り感を覚え「オットット」という感じになった事。譜面を見ながらであればそうはならなかった筈なので、あれは大学に入る前 …  だが学校で、ではない。となるとあれは一体いつ、どこで???

と記憶の糸を手繰ってみたところ、浮かんできたのは中学への入学祝いに当時としてはまだ珍しかったラジカセを買って貰った時のこと。試しにラジオから何か録音してみようと思い、適当にチューニングして(たぶんNHK)録音ボタンを押した断片の中にこれがあったのだ。そしてその不気味な響きと緊迫感とが気に入って、暫く繰り返し聴いていたのだと思う。だから譜面どころか歌詞も聞き覚えで、歌ったというより曲に合わせて唸っていただけなんだろう(そもそもあの難解な歌詞!)。

その後洋楽にのめり込み、ほどなくこれも消去してしまった。またそれきり、この合唱曲の事も忘れてしまった。恐らくはそれがシューマンの作である事すらも知らぬまま。

以後「流浪の民」に対するこの勘違いはそのまま脳内に居座り、40余年の月日を経て今回ようやく是正されたのである。そこで折角だから、ヒマをみてその伴奏だけでも作っておこうかな、と思っている。多重録音で「ひとり4役」でもやってみようかな、と。

# この場合「5役」か

交響曲第九番「中断つき」

前回紹介したこの本には演奏会中の(笑える)ハプニングが幾つか紹介されていたが、それを読んでいて思い出したのが、かつてチェロを弾いていた俺自身が体験したトンデモ話。だいぶ前の事なので記憶も曖昧だが、事実である。


時は70年代末、暮も押し迫った12月某日夕刻。所は都内某公会堂。恰も当時俺の所属していた大学のオケによる「第九」本番その日であり、ほぼ定刻通りにそれは開演となった(なお以下「先生」とは当オケの指揮者の意)。

1曲めの「未完成」に続き第九も第1楽章まで無難に進み、第2楽章スケルツォに入った。するとその数分後、舞台裏の方から「ドタドタドタッ!」という音が聞こえてきた。「ん? 何だ??」と思いつつ演奏を続けていると、今度はオリ番のOさんが俺の左下(=ステージと客席の間)を指揮台の方へ向かってスタスタ歩いて行くのが見えた。先生もそれに気づき、右手で指揮を続けながらOさんと小声で何か話をしている。そして先生が「ウンウン」という感じで頷くと指揮棒が止まり(!)、演奏も止まり(!!)、客席が「ざわっ」とした。すると先生がその客席に向かって、こう切り出した。

「さきほど、このホールに爆弾を仕掛けたという電話が入ったそうです」

「客席の皆様は係員の指示に従って、直ちに避難してください」

一瞬静まり返った客席が次の瞬間には悲鳴まで混じって、みな一斉に立ち上がった。舞台上も同様で、周囲を見渡すと手際よく楽器を仕舞い込んでテキパキと避難する者もいれば、自主的に係員となって観客を出口に誘導する者もいれば、椅子に座ったまま肩を震わせ落涙する者もいればと様々。そんな中で俺はといえば「どーせデマだよ」とヘラヘラしていたら先輩に「バカッ! 本当だったらどうする!!!」と怒鳴られ、追い出されるように外へ出た。そして合唱団員が既に全員整列しているのを見て「なるほどあのドタドタはこれだったのね」と納得した。

こうして総員退避完了したはいいが、それに続く指示がないので団員も観客もみな玄関前で立ちっぱなし。そこへパトカーは来るわ野次馬が集まるわで、一帯は騒然とした雰囲気となった。状況が状況だけに「どっかでコーヒーでも」という訳にもいかず、そのまま待つしかなかった。そして寒さに震えながら「これは中止かな」なんて話をしていたら、そこへ「演奏を再開しまーす!」という声が聞こえてきた。「なにー! 本気かよー!?」と思ったが、みな駆け足で戻って行くので一緒になって走った。

驚くなかれ、約1時間の中断を挟んでそれは第2楽章冒頭から再開されたのである。言い方は悪いが、そこからまるで「何事もなかったかの様に」歓喜の歌へと突っ走ったのである。「第九」の演奏時間だけならギネスものである。

こうして終演予定時刻を1時間以上もオーバーし、波乱の「第九」は終わった。そして当然ながらその後「電話してきた奴(=犯人)はどこのどいつだ?」という話になったが、いろいろ噂はたったものの真相は結局闇の中のまま、いつしかみなこの晩の事を忘れていった。なお俺の知る限り、このオケがその後この公会堂を使った事はない。


今振り返ってみると、わずか30分かそこらでこれをデマと断定した当時の警察も凄いが、続きを演らせてくれた公会堂もスゴイと言うしかない。これが今だったら即座にTwitterだLINEだで全国に知れ渡り、野次馬より早く自衛隊が出動したかも。それにしてもあの愉快犯、いったいどこの誰だったんでしょー …

# 今頃これ読んでたりして

いま改めて中村紘子さんを想う

ここ暫くTVのワイドショーは、突然「引退」を宣言して姿をくらました俳優の件でもちきりだった。俺には本件まるで興味関心ないが、この騒ぎの中でふと以前「ウラディーミル・ホロヴィッツは男色家だった」と、どこかで聞いたのを思い出した。

はて、どこでそんな話を? と思い、調べてみたらその出処は中村紘子さんの著作「ピアニストという蛮族がいる」だった。読んだ事はなかったが、そう言えばこの人の本はどれも面白いと評判だったし、いい機会だから読んでみようとこれを入手した。すると件のホロヴィッツはその嚆矢で、へぇー! と思いながら読み始めたらあまりの面白さに一日で全部読み終えてしまった。そしてここでその著者たる中村紘子さんが、今はもうこの世にいないのだ、というのを改めて実感させられた。

ここ数年メディアへの露出が少なくなっていたせいか、この夏の逝去報道の際には「カレーのCMでおなじみの」という紹介をされていた。そして追悼番組では少し前の演奏会からミスタッチだらけの「英雄ポロネーズ」が流された。あの時は、なんともやりきれない気分になったもんだ …

そりゃ齢重ねたオバサマにハウスのカレーは実際似合ってたし、テクでいったら今の若手に到底敵うわきゃない。が、中村紘子さんの場合そこにもうひとつ「品格」という、重要な要素が備わっていた。それも若い頃から既に。

# 中にはそれを権威と捉え敬遠する向きも少なからずいたようだが

今回その著作に触れてよくわかったのは、この人の音楽家としての豊富な知識とユーモアのセンスとが、そうした気品と風格との源泉にあったのだなというところ。これを機に、他の書も逐次読んでいこうかと思っている。合掌。

追記:  年末、中村紘子さんの追悼番組を再放送していたので約半年ぶりに見た。問題の「英雄ポロネーズ」は6年ぐらい前のそれで、改めて見るとそのスピード感に圧倒される。そりゃもう「少々のミスタッチなど何するものぞ」でガシガシ疾走、特に左手の強打が怖いほど。あの主張と勇気こそを讃えたい。

H.Berlioz “Adieu des bergers à la sainte famille”

ベルリオーズのオラトリオ「キリストの幼時」作品25より「羊飼いたちへの別れ」。例によってそのヴォーカル譜のピアノパート=カラオケ。ベルリオーズにはこんなのもあるんだ、的な佳曲。X’masシーズンにピッタリではないかと。

今回も歌詞を載せとこう。

Il s’en va loin de la terre
Où dans l’étable il vit le jour.
De son père et de sa mère
Qu’il reste le constant amour,
Qu’il grandisse,qu’il prospère
Et qu’il soit bon père à son tour.

Oncques si,chez l’idolâtre,
Il vient à sentir le malheur,
Fuyant la terre marâtre,
Chez nous qu’il revienne au bonheur.
Que la pauvreté du pâtre
Reste toujours chère à son cœur.

Cher enfant,Dieu te bénisse!
Dieu vous bénisse,heureux époux!
Que jamais de l’injustice
Vous ne puissiez sentir les coups.
Qu’un bon ange vous avertisse
Des dangers planant sur vous.