カテゴリー別アーカイブ: Random

思いつくまま

6D初の遠征

晴れたので、EOS6Dの練習にとズーラシアへ。約6時間の滞在で200枚近く撮ってきた。

楽しい一日だったが帰宅後、それ(RAWのみ)をWi-FiでPCへ持ってくるのに、ある程度覚悟はしていたが実に1時間超(!)。編集もこのPCでは明らかにパワー不足で、重いったらない。今後に向け、インフラ整備を真剣に考えなければ。

以下、写真は全てDPPで編集(トリミングなし)後にJPEGで保存、それをPNGに変換したもの。

2枚ともTAMRONのSP AF90mm F2.8 Di MACRO(初代)+C-PL。絞りは開放。色ノリといいボケ味といい、ほぼ狙い通り。最新のそれには手ブレ補正がついたそうだが、今のところ俺的にはこれで充分+。

埃っぽいのはガラス越しだから

TAMRONのSP 70-300mm F4-5.6 Di VC USD+C-PL。三脚を持参したが、これらは3枚とも手持ち。調子に乗って以降ずっとこれで通してしまったが、テレ端で檻の中を狙ったのはキレも色も×ばかり。ちと過信したなと反省。

SIGMA 28mm F1.8 EX DG ASPHERICAL MACRO+C-PL。開放。色もキレもいいが、周辺光量低下が顕著。2段絞ったら気にならなくなったが、敢えて失敗例としてのこっちを残しておく。

こういうの久々にやって、痛感したのは自身の劣化。レンズ3本と三脚その他を担いで長時間歩いた結果、最後の方は腕が上がらなくなるわピントの山が掴めないわで、カメラだ写真だ以前の有様。まーいい勉強になった。以上!

思いのほか便利な6DのWi-Fi

繰り返しになるが6Dの液晶はD30より遥かに大きく、鮮明である。だが老眼進行中の俺には、これでもまだ手ブレの判別が困難だ。そこで6DとiPadを連携、チェックに加え取捨選択後好みの画像をDropBoxに放り込むところまでを。

話は前後するが、iPadにDropBoxをインストールしておくと(iPadのカメラで)撮った写真を自宅のPCから見る事ができて、ヒジョーに楽で確実で便利である。そこへ更に「Camera Connect」をインストールすると、6D(のSD)のファイルがブラウズできる。拡大も縮小もできるし、撮影時のパラメータも出るのでチェックには申し分なし。そこで「これだ!」というのをローカルに保存(=COPY)、あとはそれをDropBoxからアップロードするだけ。SDの抜き差しもUSBでの接続もする事なく、自宅PCからそれを扱えるという次第。むろんDropBox以外のサービスでも同様の筈。これはおススメ!

こういうのがフツーになると、近い将来EOSにSIMのスロットがつくかも!

追記:  なんとDropBoxにアップされたファイル、妙にサイズが小さいと思ったらどれも1920×1280にリサイズされちまってるではないか! これはマズい。調べる。

追記:  やはり素直にWi-Fiで「EOS Utility」が吉か。ただ、RAWだとさすがに転送時間がベラボウで、100枚超えると完了までの間に風呂に入れる(笑)。

 

6D来たる

この時点で非常に危険な精神状態を自覚した俺は、その後ドトールで熟考小一時間、そして落ち着いたところでお店にUターン(笑)。買ってしまった。6Dを。

D30から17年、遂に2台目のデジタル一眼である。逸る気持ちを抑えバッテリーを充電器にセットし、マニュアルをナナメ読み。そして充電完了と共にSDを入れ電源を入れ、記念すべき最初のレンズにEF50mmF1.4を選んだ。そしていよいよファインダーを覗きシャッターを半押し!  全押し!! う~ん、こりゃいい!!!

これはSIGMAの28mmF1.8。最初絞り込みボタンが効かなくて焦った。

という訳で6D初日は暮れた。まだまだ使いこなすレベルには達していないが、実感するのはやはりISOオートの有難味。ひとまず上限を6400に設定したが、ここまでハネ上がってもよほど拡大でもしない限りヨゴレ感がないのが凄い。今後更にあれこれ試してみるが、出てからだいぶ経つ機種だし、評価はほぼ先人たちのそれに準ずるでしょう。

なおD30には以後TAMRONの70-300をつけっぱなしにしておき、明るい屋外でイザという時に備える事にした。

とても重いが

この新旧EOS兄弟のこれからの活躍に乞うご期待!

追記:  D30は、そのままでは絵がやや眠いので常にアンシャープマスクとノイズ除去で仕上げてきたが、どうやら6Dだと不要(!)。

追記:  比較のためにとEF50mm F1.8 IIを引っ張り出してみたら、AFが動作せず(涙)。自然死か。享年17。

追記:  SIGMAの28mmを開放で使った時の周辺光量落ちでフルサイズを実感!

EOSの「今」を知る

ここでも書いた様に、10年以上も放ったらかしていたD30がまだまだ陳腐化していないとわかったのは嬉しかった。が、流石に今これをメインで使っている人はいないだろうし、そもそも現行機の実力がどれほどのものかを俺は知らない。そこでふと「今買うとしたらどれか?」を考えてみた。

まあ手持ちのレンズ(全部EF)を生かしたいのでEOSからというのは当然として、カタログを見るとあの頃とは比較にならないぐらいのラインナップが。そこでここからKissと、EFが使えないミラーレスとを除外し、現行モデルの中で今の自分に最適なのは果たしてどれかについて考察を開始。

まずはその使い途から。自分がD30でこれまでに遺した作品群を眺めてみると、被写体は人も含めての「身近な風景」が大半で、連写とか望遠とかは数えるほど。三脚の出番も殆どなし、という事で「豚に真珠」な1Dがここで順当に外れた。

次にEF資産を生かすべく、思い切って「撮像素子がフルサイズ」を条件としてみるとAPS-Cな中高級機が全部外れ、ここで早くも5Dと6Dの2機種に絞られてしまった。Kissみたいな外観の6Dに対し、機能・性能・高級感・価格と全て5Dが上だ(当然か)。

そして最後にコスパ。これまでの使用頻度を見るとD30の場合、購入から5年間は「中の上」だったが、その後永らく塩漬けにされた経緯からみても「低」だろう。そこから察するに、高額な5Dでペイするのか?  結構悩んだが、答えは「否」である。1/8000は惜しいが。

という訳で、優勝は6D!  …  あれー!?  我ながら意外な結果に。そもそもこの6DなるEOS、今回初めてその存在を知ったぐらいで現物を見た事がない。スペックを見ると、Wi-FiやGPSが使えるかわりに内蔵ストロボがなかったりとチグハグな印象も。「これはこの目で確かめるしかありますまい」と翌日、それに触(さわ)れる店に行ってきた。

まずは比較の対象にと5Dを手に取る。レンズは赤リングの単焦点。この時点で「ビンボー人は相手にしてません」風なメッセージを強烈に感じ、すぐに退散。そして6Dを探すと、こちらは赤リングのズーム。手にした第一印象は案の定「Kissみたい」。レンズの方が本体より立派に見えるという情けないテイだが、それで店内試しシャッターしていて「あれれーっ!?」となった。それは、D30と比較して

  • 液晶モニタの視認性がすごくイイ
  • ISOオートで室内手持ちが実用範囲内
  • 軽くてコンパクトですぐ手に馴染んだ

だったこと。特にISOオートはD30になかっただけに感動。これまでずっと「ISO100以外は使い物にならない」と思っていたが、その固定観念があの液晶モニタで視認しただけで覆されてしまった。そこでおネダンをみてウ〜ン  …  決して安くはないが、D30の半値だ。なるほどこれが17年間の進歩・進化かと、素直に認めつつ店を出た。

(続く)

やはりカメラはこうでなきゃ!

最近のスマホやタブレットのカメラは、充分に綺麗だし何より手軽でいい。が、やはりそれらはどれもパンフォーカスで、平均点は高いが訴求力に欠ける。そこでケータイにカメラがついた頃からすっかり出番を失い、以来10年以上押し入れの中でずっと眠っていたデジタル一眼を引っ張り出してみた。モノはCanonのEOS D30。予約して発売日に入手したものだから、実に17年前のそれである。今やデジタル一眼なんぞ珍しくもないが、当時はEOSシリーズ初のそれとあって大きな注目を集めたものだった。

当然ながらバッテリーが空になっていたので、まずは充電から。満充電までが妙に早かったので少々不安になったが、電源を入れたらちゃんとシャッターが落ちたのでまずはひと安心。様々なパラメータが最後に使った時のまま保存されていたのに感動しつつ、使い方を思い出すべく暫く復習と練習。あの頃の感触が戻ってきたところで外へ出てみた。

う~ん、まずまず! 画素数300万と、スペック的には最新のそれと較べるべくもないが、これならまだまだ現役として通用するのでは。

ただやはりバッテリーの劣化は進んでいた様で、1時間ぐらいで切れてしまった。これだけは新調してやろうかなと考えている。

追記: バッテリーの パチモン互換品が到着。今のところ問題なさそう。ただ、2本セットと気付かずふたつ注文したのでいきなり4本!  ま、備えあれば憂いなしということで。

3.11から6年

風化という、被災者にとって最も恐れる事態が年々、着実に進行している。だがその一方で政府、国会はどうか?  呆れた事に、朝から晩までなんたら学園の件に終始している。その模様はNHKがライブ中継してくれているが、北朝鮮からのアレがなかったらほぼ全部がこれだ。

そりゃ国民から徴収した税金の使い途に関わる事だけに、大問題なのはわかる。だが今、それが国会の審議の対象としていちばん重要な事なんだろうか?   国民が政府に望んでいること、それは何より個々の生活の安寧であって、誰かの悪事を暴く事ではない。ここぞとばかりに下品な追求を続ける野党にも、それに対して暖簾に腕押しな与党にも期待感ゼロで嫌になってくる。

ま、今に始まった事ではないが、政治家の使命と矜持、それを再度自覚して欲しいと願う。あの時の様な災害とか、外からの理不尽な攻撃とかで大きな損害を受けて初めてアタフタというのでは遅い。

悲しき体質

あれは80年代末のちょうど今頃。高速の追い越し車線を走っていて、クシャミが始まりそして止まらなくなった。これは危険と思い走行車線に移動、速度を落とした。だがクシャミは止まらないどころか更に酷くなってきた。

たまらずハザードを点灯、路肩に停止した。もうこの時点で顔の鼻から下がビチョビチョ、ティッシュを全部使い切り、ハンカチまで動員して必死に堪えた。だがそのうち目は痒くなるわシャックリまで始まるわの大騒ぎ。これでは体力を奪われるばかりだ。外は暗くなってきていたし、このままでいたら追突されかねないと判断、クルマを出す事にした。

左手で鼻をつまみ、片手運転で恐る恐る次のICまで進んで高速を降りた。そしてようやく見つけたクスリ屋に転がり込み「この、クシャミを、止める、薬は、ありますか?」とクシャミ混じりで聞いた。レジの奥に鏡があって、そこに俺の顔が写っている。汗で髪はべったり、涙目のまわりは真っ赤、鼻水でネクタイの色が変わっている。すると「そりゃ花粉ですね、これをどうぞ」と出てきたのが抗ヒスタミン剤=いわゆる鼻炎薬。喉もカラカラだったのでポカリとティッシュと一緒に購入、クルマに戻ってソク飲んだ。そして鼻にティッシュを詰め、シートを倒した。これでは死体と思われかねないので、上着で顔を覆って暫くじっとしているうちに眠ってしまった。

目が覚めると、2時間が過ぎていてもう外は真っ暗。鼻で呼吸ができる! 目の痒みもない!! 「ハァ〜」と溜息。ようやくクルマを出す事ができた。思えばそれまでも春先、風邪でもないのに鼻がグズつく事があった。さっき店主の口から出た「花粉」こそがその原因だったのだと、この時初めて知った。以来自分の中で春先というのは、年間で尤も忌まわしき季節となった。

ところがその後、なんと季節を問わずその発作が起きるようになってきた。こういうのをアレルギー体質と呼ぶらしいが、経験則というか、今やそれに至るパターンは判明している。「湿度が高い状態で気温が下がった時」に、それは来る。湯上がりに暑いからとそのままでいたり、雨上がりに薄着で歩いたりするともう百発百中。なので鼻炎薬を常時持参、危ないと思ったら予め服用しておくという予防策でどうにか回避している。殆どヤク中だが、注射も点鼻薬も効かないのだからしょうがない。いったい年間これに幾ら費やしているやら。トホホである。

同じ体質で悩んでいる人は多いと思う。より良い処し方があるのであれば教えて頂きたいところだ。

あの火災からもうじき40年

昨日、NHKで「交信を傍受セヨ」というドキュメンタリー(の再放送)を観た。

1979年の初回放送時、俺はこれを見ていたような気がするんだがその内容を全く思い出せない。それはたぶん、当時の俺が2.26の何たるかをまるで理解していなかったからだろう。その後小説とか映画とかで知識を深めてきたが、果たしてそのタイトルにある「交信を傍受」とは? と思いつつ見始めた。

まず冒頭、アナウンサーがこの時の事を「ご記憶の方も多いと思います」と言ったのにビックリ。なるほどこの時点でまだ事件から40年ちょい、存命者も多数いただろう。それは当事者においても然りで、インタビューの対象はこの人達。またそれに先立って、当時の軍によって傍受・録音されていた関係者(本人も!)の肉声を聞いて貰っている。中でも、反乱軍兵士に投降を説く上官の言葉と、初めてそれを聞く未亡人の姿とが強く印象に残った。

これは後世に伝えるべき、素晴らしいドキュメンタリーだと思うが、実はこの中に「アッ!」と驚くシーンが。それは後年、反乱部隊の本部となった赤坂の料亭「幸楽」の跡地に建立された立派なホテル。その外観を見て、ひと目でわかった。これホテルニュージャパンじゃないか!

そう、あの火災が発生したのはこのドキュメンタリーの3年後。まだこの時点ではニュージャパンも「赤坂の高級ホテル」のひとつだったのである。浴衣姿で炎に煽られる宿泊客らの姿が、そこにオーバーラップした。そしてここを接点として、2.26から今に至る歴史が自分の中でがちっと繋がったような気になった。

# NHKオンデマンドで視聴可能な模様