中年SEの苦労は絶えない

ASPで、あるテーブルの保守をしようとした場合を考える。必須となる機能は

@ list (検索と一覧)
@ edit (編集)
@ save (保存)

の3つ。これらフォームとスクリプトを、1本のファイルにまとめるのが俺の流儀である。具体的に言うと、GETもしくはPOSTで上記機能をパラメータとして受け取り、switch文で分岐するというやり方。メリットはファイルの数を最低限に抑えられることと、関係する部分の変更が一発で済むこと。

いっぽうデメリットはcaseからbreakまでの記述が長くなるので、一箇所でもブレースとか括弧とかをミスると全滅すること。特に分担作業となった時が問題で、デザイナーがエレメントの配置をひとつ変えただけでパーなんて事がよくある。まあこれは機能別にファイルひとつという場合でも同様だが、要は「目に見える」ものと「見えない」ものとの関係を保持するのは現状、非常に困難という事である。

そこで試してみたのがPHPのテンプレートエンジン、Smarty。一人二役での試験結果は「なるほど」という印象。ファイルの数は増えてしまうが、デザイナーへの指示が「特定のフォルダ以下に対して」という具体的なものになるため、それはさほど苦にはならない。また呼び出し側の記述がコンパクトになり、凡ミスも減りそうだ。

だが惜しいかな、やはりそれだけで◎とはならなかった。かなりマシになったとはいえ、デザイナーにSmartyタグをいじられたら、やはりそこでアウトなのである。そして呼び出し側では、ただでさえ複雑怪奇の極みに達しつつあるスクリプトに、更にSmarty独自の書式やら関数やらが加わっていよいよカオス。瓦解寸前である。

これはつまるところ「アホなデザイナーが楽するぶん、開発者の負担は重くなる」という図式が、何ら変わっていないという事だ。まあそれをここで嘆いていても仕方ないので、Smartyについては当面限定的に、かつ「ご利用は計画的に」で行くのがベストかなと思っているところである。

Hさんの想い出

それは楽しみにしていた、映画「東京裁判」のTV初放映の日だった。早めにシャワーを浴び、ビール片手にひとりで観ていたらそこへ不意に「ニュース速報」のチャイムが。「あー、録画してたのにー!」と嘆きつつテロップを読むと、日航機が行方不明になったという。それが時間の経過と共にだんだんと詳細になり、遂には「747が500人以上の乗客もろとも墜ちたらしい」という、まさかの事態なのが判明した。それも俺の郷里長野と、群馬との県境付近が現場らしいとの報道に、もう映画どころではなくなった。

そして翌朝、TVでアナウンサーが乗客名簿を読み上げるのを聞いていて「え?」と声が出た。まさか、Hさん? 同姓同名? でも性別年齢とも一致? まさか、まさかと思いつつ、共通の知人に電話した。すると数時間後に連絡が入った。それはやはり、あのHさんだった。頭がぼうっとした。3つ上の、クラブの先輩たるHさん。見かけは立派な体格で強面なベースマン、だが実は温和で冗談好きな人だった。

「わし、本当はチェロがやりたいんや」と言いながら、駆け出しの俺から楽器と弓を奪い取っては楽しそうに弾いていたHさん。俺のアパートに立ち寄った時、レコード棚のニールセンを見つけて「これ、どやねん?」と聞いてきたHさん。オレンジ色のビートルとサングラスが似合ってたHさん ・・・

締めていたネクタイの柄で、ようやく身元の確認ができたと聞いた。あまりに悲惨なその様子は、想像しただけでも足が震えた。以後この件は「思い出すまい」とするうち、いつしか自然と記憶の彼方に仕舞われていった。

あれから27年。WOWOWでドラマ「尾根のかなたに」を見ていて、これらをまるで昨日の事のように思い出した。なんでまたこの時期にこの題材でドラマを? と最初は思ったが、意外と素直な気持ちで見ることができた。それは今やあの時の悲しみや恐怖よりも、短い間ではあったがHさんと過ごした楽しい日々があったという、その喜びこそを感じるようになっていたからなんだろう。「時間が解決」って、こういう事なのかなと。

TDLからバルーンが消えた?

バルーンと言えばヘリウム。ヘリウムと言えば「水ヘリーベ」の「へ」。つまり水素よりひとつ重く、リチウムよりひとつ軽い元素である。爆発的に燃える水素のかわりに飛行船で使われるように、単体としてのそれは空気より軽く、吸い込んでも声が高くなるだけで無害という、楽しい気体である。ところが最近、プラントのトラブルとかでその相場が急騰し、結果TDLからバルーンが消えるという騒ぎになっているらしい。そこで

「えっ、そんなもん空気中のそれを集めて分離なり還元なりすりゃ、簡単に得られるんじゃないの?」

と考えた俺はアマかった。そもそもそれは小さくて軽すぎるゆえ化学的にも物理的にも困難で、よしんばそれをしてもコスト的に合わないんだという。そして国内には満足なヘリウム田がないので、そのほぼ全てを輸入に頼っているのだとか。つくづく日本って、資源の乏しい国なのね。

ここはいっちょ「水素ニコイチでこれを作っちまえ!」と長年頑張っているところに期待である。その目的はこの反応の際に得られる膨大な熱エネルギーだが、実用化の暁にはTDLのバルーン問題も解決する筈(笑)。

ただまあそれもこの御時世じゃ、一体いつになりますことやら。なんとか生きているうちに、これで得られたヘリウムを吸って高い声を出してみたいもんだが。

BS朝日「小澤征爾さんと音楽で語った日~チェリスト・宮田大・25歳~」

留守録しておいたのを見て、思いがけず驚き、そして感動した。だがそれは今回の主人公たる宮田大君でも、小澤征爾氏に対してでもない。それはこのドキュメンタリーが制作された当時の水戸芸術館長・吉田秀和氏の、生前の姿に対してである。実は氏がこの5月に逝去される僅か数ヶ月前、その水戸芸術館で、ある事件が起きていた。

体調不良を理由に、小澤氏が当日予定されていた演奏会のキャンセルを申し出た。それについて主催者側が「本日は指揮者なしで」と来場者を前に説明を始めたところ、その中の数名が怒り出し場内が騒然とした雰囲気になった。そして遂には「館長を出せ!」との怒声があがると、それに応えるように客席にいた吉田氏が立ち上がり、改めてその経緯と対応とについて話しはじめた。その姿に大きな拍手が沸き起こったところまでを、カメラは捉えていた。

このあと一部の人は、小澤氏不在の演奏を聴くことなく会場を後にしたという。なるほどマエストロ・オザワ目当てで高いチケットを購入、それを楽しみにして来たところへドタキャン宣告では文句を言いたくなるのもわからんではない。恐らく主催者側の対処が「事務的」と見えたところが銃爪になってしまったんだろうとも思う。だがそれは「キャンセルだけは避けたい」と小澤氏本人も、主催者も直前まで考えていたからこその苦渋の決断だった筈。そして殆どの人がそれを「仕方のないこと」と、理解した筈である。なのに、そんな方々をも不快な気分にさせたであろう、あの怒号 ・・・

考えてみてほしい。この時吉田氏、98歳。客席にも楽屋にも、氏より若い者など誰ひとりいなかっただろうと思う。これはこのシーンを見た俺の勝手な想像だが、他ならぬ氏自身が本当はここで「若輩者ども、恥を知れ!」と、一喝したい心境だったのではないだろうか。

吉田秀和氏といえば「レコ芸」での執筆とかNHK-FMとかで、我々世代にはたいへん馴染み深い人である。また一方で、その評論が「尊大」だとか「権威的」とかのバッシングを食らったりと、いろんな意味でこの国の音楽界を象徴する人物でもあった。かくいうこの俺も、これまでその姿勢にあんまり好印象を持っていたとは言えない。だがこの時の、氏の紳士的かつ人間的な振る舞いには強く胸をうたれた。俺の父によく似たその姿にむけ賛辞を述べたくとも、もうそれは叶わないんだが。

このエピソードが終盤に入ったことで、ドキュメンタリーとしてのバランス・まとまりは失われたかもしれない。だが今俺は、久々に「いいものを見た」という気分でいる。恐らくまた再放送があるだろうから、多くの人に観て欲しいと思っている。

なんでいまさらターボなの?

クルマに対する興味を失って久しいが、巷ではハイブリッド車がバカ売れな事ぐらいは知っている。だがそれも日本とせいぜいアメリカぐらいなもので、欧州ではまだまだこれからと聞いて少々驚いた。そして同時に「なるほど、それでか!」と納得したことがある。それは再来年から施行される予定の、F1の新エンジン規定である。

今のV8・2.4LからV6・1.6L+ターボに変更と知った時には「20年も前にやめたものを、なんでまたこのエコ時代に引っ張り出すの?」と思った。そりゃ一足飛びに電気というのは無理としても、世の流れからすればハイブリッドあたりへの移行が自然でしょうに? と考えたからである。

だがそれもこれで理解できた。日本と違って、欧州のメーカーがいま最も力を入れているのは「小排気量・直噴+ターボの大衆車」だからである。F1の新規定には、これらの後押しがあったのだ。この日本と欧州の対比って、文化とか技術とかの問題ではない。燃料の確保にどれだけ苦心惨憺しているかの違いである。近年、中東でのGP開催が増えたのも恐らく根は一緒。ディーゼルエンジンが毎年ル・マンを制しているのも、たぶんそこ。結局のところ、いまだ輸入原油価格に日々恐々としている極東の島国とはここが相容れないのだろう。

こうしてみると、ホンダとトヨタが相次いでF1から撤退した本当の理由もここにあったのではないかと思えてくる。世界という舞台での日本の自動車メーカーの苦労を、改めて思い知らされた気分だ。

と、そこへ今度は小林可夢偉クンに失業の危機との一報が。あわー。

天国への階段

2足歩行の際の体内リズムは、通常2拍子である。ところが最近、長くて急な階段を昇っている時これが3拍子になっているのに気づいた。それも1拍目を強調した舞踊スタイルで、言葉にすれば「えっこらせ、ほいせっせ」の繰り返しである。つい先日も地下鉄の駅でビル5階相当の高低差をこの調子で歩いたが、途中で子連れやら高齢者やらに次々抜かれる始末。情けないを通り越して、これはヤバいと感じているこの頃である。

だがこんな時、そのリズムにのって好きなワルツの断片が頭に浮かぶというのもまた楽しいものだったりする。あの時、駅の階段で俺だけに聞こえていたメロディ、それはヨハン・シュトラウスでも天然の美でも、はたまた千昌夫でもなかった。自分でも驚いたが、なんとそれはラヴェルの「ラ・ヴァルス」。特に好きな曲でもないのになんで? と不思議な気分になった。そしてまたもやこれがキッカケで、この曲のスコアを買って帰宅する羽目に。以前は高嶺の花だったラヴェルも、著作権保護期間満了と共にお求めやすくなってくれていて助かる。よって今回もニチフ。

La valse最初は「あのラヴェルのことだからさぞかし凝ったことを」 と思ったがそれは案外シンプルで、読み易い譜面だった。面白いなと思ったのは、あのいちばん最後の「タタタタドン」。てっきりここで2拍子に変わって終わるもんだと思っていたら、この2小節ともそれまでと同じく3/4のまま。その「タタタタ」が4分音符×4で、上には「Sans ralentir(遅くするな)」との注意が。恐らく何らかの意図があってのラヴェルの拘りなんだろうが、ここで遅くなる演奏、これまで結構聞いたような(実は俺もその方が好き)。

まあこの辺はまたじっくり調べることにしましょう ・・・ と、その前に体力の心配が先か(笑)。

PHPとQuickSort

Cでソート(並べ替え)とくれば、通常qsortである。しかし如何にquickとはいえ、引数に大きな構造体配列を渡したりするとそれなりに時間がかかるし、メモリも食う。こんな時は配列要素個々に対するポインタを配列としてこれをqsortに渡し、そこから2次的に評価すると良い。

とまあ昔取った杵柄で偉そうに書いたが、こんなTipsを思い出したのはつい最近PHPで同様の局面を迎えたからである。PHPにもCのqsortにあたる関数は用意されているが、Cと違ってPHPにはポインタがない。てかそもそもPHPの配列は「順番付けられたマップ」で、Cのそれとは別物である。なのでこの技は使えない。

尤も現状それが「遅い」とか「飛んだ」とかで困っている訳ではないので、喫緊の課題ではない。が、今後さらにこの配列が肥大を続けると、いずれどこかで破綻をきたす筈である。「何らかの対策を考えておかないとマズいよな」と思った直後、ふと「自前でPHPにqsortをライブラリとして実装するとしたらどんなコードになるか?」を考えてみた。むろんCで、である。

引数は対象となる配列と、比較関数へのアドレス。そこでまず上記手法を用いてポインタ配列を生成し、あとはいわゆるクイックソートで、とすれば○だろうと考えた。でもこれが常に有用とは限らないし、そもそもそれに要するメモリやら処理時間やらがまるで読めない。むむむ。

やはりこれは、現状どうなっているのかを調べるしかなさそう。時間作ってPHPのソースを追っかけてみましょうかね。

プルチネルラの謎

先に触れたクラフトのストラヴィンスキーはなかなか良かったが、実は「プルチネルラ」で、ちと気になるところがあった。それは一箇所、長年の愛聴盤たるピエール・ブレーズのそれよりバリトンが1オクターブ上で歌っているのに気づいたのだ。気のせいかと思って両者聴き比べしてみたが、やはり間違いない。いったいどっちが正しいの? と思い悩み、あちこち調べてみたがさっぱりわからない。そして結局、大枚叩いて全曲版のスコアを購入してしまった。該当箇所は練習番号100から101まで。

REVISED EDITION 1965結論からいうと、譜面どおりなのはクラフトの方だった(!)。しかしそれはバリトンの音域としてはかなり高いので歌い手も苦しそうだし、ブレーズのようにオクターブ下で歌った方が101への繋がりも自然な気がする。もしかしてブレーズもそう考えて?  でもこの人は「 楽譜に忠実」というイメージが強いし、う~ん ???

という訳で、謎は更に深まってしまった。誰かこの辺の事情についてご存知の方がいらしたら、こっそり教えて頂きたく候。

いっぽう、こうしてスコアを眺めていて、いつだったか在京プロの演奏でこの組曲版を聴いた時の事を思い出した。それはミスだらけで興醒めだったんだが、いまや「なるほどこれは簡単ではないな」と納得してしまった。あちこちに仕込まれたブービートラップに「注意注意」とわかっていながら、気を抜くと指揮者もろともドカーン、みたいな感じか。聴く方にしてみればストラヴィンスキーの茶目っ気が垣間見えて、実に楽しい。けど演る方は大変ですな。オホホ。

追記:その後 クラフト自身によるライナーノーツを読んでみたら、最後の方に「The bass vocal part also requires an exceptional high-register, which the vocal score wrongly transposes an octave lower.」とあった。たぶんコレだ! しかし意味わかんね(笑)。