普門館の想い出

1978年2月、滑り止めにと受けた某大学から合格通知を受け取った俺は、そのまた滑り止めのための予算が余った。そこで入手したのが「オザワ・ボストン・普門館」のチケットだった。「幻想」が既に完売でこれしかなかったんだが、その演目たるやブラームス2発! Pf協#1+Sym#3という、俺にしてはあり得ない演目に\8,500也を現金購入したのである。しかも「普門館」がどんなところか全く知らず、当日着席して初めて「なんなんだこりゃあ!?」と驚いた俺は、しょせん田舎モンだった。

ウチら世代には小澤征爾さん=「オーケストラがやってきた」で、後ろ姿よりも正面からの方が馴染み深かったほど。それを「遂にこの目で!」までは良かったが、いかんせん普門館にあの演目は無理があった。記憶に残っているのは、ゼルキン爺がペダルを踏む時のドタバタ音があの大広間に響きまくってたなと、そこだけ。その後ここを訪れたことは一度もない。あれは「外タレなら完売間違いなし」が通用した時代の、呼び屋の悪ノリだったと思っている。

さてその普門館が、耐震基準云々で遂に取り壊しという。そりゃ無理もないだろうとは思うが、そこに一抹の寂しさを感じているのは果たして俺だけだろうか? 「収容人数の多い多目的ホールはクラシックに向かない」は正しいが、海外では屋外でのPAつきフェスに多くの観衆が集まるという。てか、そうでもしなきゃいい音が多くの観衆に届かないんだから当然である。それに対し雨の多いこの国でそもそも「クラシックは電気使ったら全部ダメ」みたいな風潮って、おかしい。普門館みたいなところをがっちり電化、ここでしか聴けないサウンドでってのもあったんじゃないかと思う。

マネマネ文化で、こじんまりしたホールばかりが増えたこの国にちとモノ申したい気分なワタシ。

「SANSUI」ってローマ字そのまんまじゃねーかよ

と、その漆黒のボディを見るたびに思ったサンスイ。でもそれがダサくなかった。それぐらいあのブランドからは誇りと自信を感じた。俺はLux派だったけど(笑)。

さて昨日マゼールの訃報で昭和を偲んだと思ったら、今日はそのサンスイが破産と。そりゃ時間の問題と思ってたし、いまさら驚きもしないが、ただただ悲しい。しかしまー、こうなると生き残りは今やいよいよ

* DENON
* Pioneer
* Clarion
* Accuphase
* Luxman

ぐらいなもんか? まあDENONはいろんな分野で踏ん張ってるようなので安泰だろうと思いたいが、それ以外はみなヤバそうな気もするし。ここには書かなかったが、俺的にFostexだけはいつまでも元気でいて欲しい …

やはりあの頃の賑わいって、アナログならではだったんだろか。CDがそれらを一掃しちまったんだろか。それとは違うと信じたいんだが、あれからいつしか店頭に「憧れの品」がだんだん少なくなってきてたのは事実。あの、貧しくも夢があって楽しかった時代、あれがアナログだというなら、俺はあの方が好きだった。いつかまたあんな「欲しいものがあるから働く」という、楽しい時代になればなあ、と願う。

カラヤンより好きだったマゼール

Hi-Fiブーム華やかなりし頃、いわゆる「コンポ」で渋好みにウケたのが

* プレーヤーはマイクロ
* カートリッジはデンオン
* アンプはサンスイ
* スピーカーはダイヤトーン

で、これに

* デッキはティアック
* FMチューナーはトリオ

が加われば完璧だった。FM-fanが売れ、TDKとかマクセルとかがTVでもラジオでもばんばんCMを流していた、あの頃。そんな中でもひときわ印象に残っているのが、マゼールとクリーブランド管によるトリオのそれ。曲はフランクの交響曲だった。

当時マゼールは英デッカ・米CBSと専属契約を結んでいて、バーンスタインとかメータとかが演らない(=俺好みな)タイトルを次々繰り出していた。そのどれもが演奏はもちろんの事、録音が優秀でハズレがなかった。恐らく同じ思いでいた誰かがこの組み合わせを抜擢したんだろうと思うが、茶の間のTVに流れるそれは惚れ惚れするぐらいカッコ良かったものだ。

その後、VPOのニューイヤーコンサートにマゼールが登場した時の事は忘れられない。良くも悪くも年に一度のお祭りたるあの場で、好き勝手にVPOを操るあの姿に、俺は拍手を送った。優等生には成し得ない、突拍子もない事をやってくれる男、それがマゼールだった。

逝去の報道に際し「巨匠」という肩書で呼んだところもあったが、マゼールにそれは似合わない。マゼールはマゼールだけで、それに並ぶ者も、それを越える者もいない。今はその元気な姿を、遺された膨大な数の録音でもう一度追いかけてみたいと思っている。

「ピアノを歌わせるペダリングの技法」

久々に楽器屋で本を買った。それも売れ筋とは言えないであろう、ピアニスト向けの技術書。その著者たるHelmut Braussなる1930年生まれのイタリア人(性別不明)も、まさかこれをニセピアニストが購入するとは夢にも思っていなかったに違いない。

その内容はと言えば、ピアノ演奏においてペダルを「いつ」踏むかではなく「どう」踏むかを、言葉と譜例で説明したもの。運指とか強弱とかリズムとかの余計な事はいっさい省かれていて、テーマはあくまでペダルの「踏み方と離し方」。

これまで特に理論とか定石とかにとらわれず、自己流で使ってきたそれら(注1)を復習する意味でも、これはおおいに役立った。が、この本の中でいちばん「なるほど!」と思ったのは次の一節。

~ ペダルの使い方はちょうど、弦楽器の音にニュアンスや装飾をつけるためのヴィブラートと比較される。この技術を習得するための研究に、どれほどの労力がつぎ込まれているだろうか。確かなのは、ペダルの研究よりは遥かに大きいということだ。~

実はこのワタクシ、若い頃チェロを弾いていた。これを鳴らす際に最も重要なのは「音色」であり、常にこれが念頭になければ音程も音量も無意味である。ところが初心者向けの教則本に、そんな記述はどこにもない。まずは譜面通りが最優先とされていて、それさえできれば「初級は卒業」という指導がまかり通っている。この本来最も重要な要素について学習できるのは、次のレベルに進んでプロを目指す者達のみというのが現状である。だがそれは、譜面に書かれているとかいないとかの話ではなく「人を感動させる音とはどういうものか」という、根源的な話だと思う。

上記の一文は、ピアノの世界ではこの部分に対する取り組みがそれ以上に「お寒い」という事実を嘆いている。なるほど周囲を見渡しても「ピアノが上手な人」は多いが「傾聴に値する人」が少ないのは、弦と同じなのだろうなと理解した次第。

最後に書評。譜例は(俺のレパートリーからは)偏ってて殆ど参考にならず。よって本文よりも、数値とグラフばかりの「補遺」なる最後1/3の方がためになった。

注1: ニセピアニストの場合これは「CC#64 0〜127」をどこに挟むか

温故知新:改めて直純さんを偲ぶ

つい最近「オーケストラがやってきた!」の復刻版がDVD4枚組で発売されたというのは知っていたが、どういう訳かいま、それが手元にある。長い(計8時間以上!)のでまだ途中までしか見ていないが、見覚えのあるシーンばかりで目が離せない。

今でこそ全国各地にオルガンやクロークを有する専用ホールが幾つもあって、そこではプロ・アマ問わずオーケストラが多数活動している。が、あの頃はのど自慢もロックも弁論も、みなこういう多目的ホールで一緒くただった。実際これも収録地はどれも「なんたら公会堂」か「どこぞの市民会館」ばかり。まだサントリーホールがオープンする前の話である。そんな中、この番組収録に立ち会い、プロの音に感動した人は相当な数に及ぶだろう。

あの時代、この番組を通じてそんな明るい未来への伝道師とも言うべき仕事を全うしたのが、かの山本直純氏。新日本フィルという、それまでの音楽界のあらゆる矛盾を代弁するような団体の創設に加わり、全てをプラスに運ぼうとした努力と実績、それらがここには余すところなく収録されている。

若い人にも、これは充分楽しめると思う。どうか多くの人にこれを見て欲しい。