太陽を測った男

あれ以来、休みの日が曇天続きで満足に試験ができてない。今日も終日曇り、時折雨という状況。その間、電流の計測をもう少し楽にしようと注文していたこれが届いていたので試してみることに。

2015-08-23 21.25.24 iPad Air (3.3mm, f/2.4, 1/24 sec, ISO100)

少々無骨で大きいが、思ったよりLEDクッキリなのは◎。ただ気になったのは、その消費電力。「動作電流:約20mA」とあるが、7セグ3桁×2にマイコン付きでそれはあり得ないでしょー。測っちゃいないが。なのでメーター用の電源は別にした。

ある晴れた日♪ ソーラーパネルが直射日光にさらされる14:00過ぎ、ここにどんな値が出るか、楽しみにするとしよう。

嗚呼、日本のどこかに

俺と同じ気持ちの人が、たくさんいる筈♪ …

富山まで出張することになり、初の北陸新幹線。東京駅を出発してまもなく流れた「大宮の次は長野に停車します」とのアナウンスに感動。天気も良かったし、僅か2時間かそこらの北陸行は快適そのものだった。

が、唯一気に食わなかったのが、車内放送のたびに鳴る「いい日旅立ち」。こんなしみったれた懐メロを、新幹線のジングルに使う理由がどこにあるんだコラ! と怒鳴りたくなってしまった。周囲には親子連れやら外国人観光客やらが大勢いたが、不意に鳴りだすあの暗いメロディに一抹の不安を感じた人も多い筈。

「ママー、あのクラい曲なあに?」
「ママも良く知らないのよ、おじいちゃん知ってる?」
「あれはな、40年ぐらい前の国民的アイドル、山口百 …」
「おなかすいたー」

直ちに変更すべし > 旧国鉄

爆発の実験 その3 (10-11月)

その2の続き。

その日は顧問が不在だったので、点火しての実験はできない決まりだった。だが文化祭も近いし「調合までは良しでしょう」と判断したのは、部長たるこの俺である。これが悲劇の始まり。

我々が実験対象に選んだのは「黒色火薬に硫黄と赤リンを混ぜた」もの。参考書には「発火点が下がり燃焼温度も上がる」とあったので、これなら破壊力の高い爆薬が簡単に作れる筈、と考えてである。さっそく棚から必要な薬品を取り出し、机の上に並べてみた。ところがそのうち赤リンだけが、すっかり瓶の中で湿気てケチャップみたいになってしまっていた。参考書にはこれら全て「粉末の状態で」と書いてあったので、果たしてこれを使っていいものかどうか、少し迷った。そして俺の「これなら却って安全に違いない」という判断の結果、予定通り調合を開始する事になった。

シャーレの上で調合を済ませたそれは、少量だがなんとも不気味な色艶でどろっと光っていた。そう、少量だったので「まだ時間あるし、これぐらいなら着火しても大丈夫じゃないの?」と俺は考えた。するとそこに、他のクラブの活動を終えた同級のA君が「何やってんのー?」というノリで入ってきた。かくかくしかじかで、これから外で実験するのだと言うとこのA君が「じゃあ俺が持ってっといてやるわ」という。「よし、後から行くから外で待ってて」との会話後、バケツとマッチを取りに行ってから外に出ると、そのA君が外の洗面台で唸っていた。周囲は強い硫黄の香り、その傍らには割れたシャーレ。「どうした?」と聞くと「手が焼けちゃった」と答えた後、そのまま無言で保健室へ走って行ってしまった。

説明は不要だろう。俺が調合した火薬は、持ち運びの最中に自然発火したのだ。それもゼリー状だったため飛散せず、完璧にそこで一瞬にして燃え尽くしたのだ。幸いにしてA君の火傷は軽度で済んだが、翌日顧問に呼び出された俺とその他数名はこっぴどく叱られた。言うまでもないが、俺自身が大ヤケドという自業自得な筈のところが、事もあろうに他人を巻き込んでしまったのだ。そして実験は、自然発火の原因を調べる事も許されず即刻中止を命ぜられてしまった。当然の結果だが、そこから立ち直るまでにはしばし時間を要した。

今でもマッチ棒の先の赤い部分を見るたびに、この時の事を思い出す。それはとてもとてもイタイ経験だった。

なお翌年、さすがに科学クラブでもう一度という訳にはいかず、再度新設して貰ったのが「演劇部」。ここでもイロイロあったが、それについてはまた気が向いたら。

(完)