彼が帰ってきた

お恥ずかしい事に、ドイツ産のこういう題名の小説があるというのを全く知らなかった。なもんでTVでその映画の宣伝見て「え”~、何だそりゃあ!?」と驚き、原作未読のまま観に行って来た。

注目度が高いのか、上映館が少ない短い、なせいか館内ほぼ満席。ここ暫くマイナーなのばかり観てきたので、こういう雰囲気は久しぶり。場内暗くなると、スクリーンには日本語でタイトルが。そんな、どこか昭和な雰囲気の中いよいよ上映開始。

そこから2時間後、全編観終わっての感想はといえば … 素直に面白かった! 筋立てと笑いとのバランスが良くて、話の流れに弛緩がない。あり得ない話も、このテンポでぐいぐい進められるとおかしく感じているヒマがない。それでいて最後には観る者に問題提起で締めくくりと、思ったよりもずっと「深い」作品だった。

ただ、そんな中でひとつだけちょっと気になった点が。

最初の方でキオスクの主人が本人に「油臭いな」と言っているところからもわかるように、これはヒトラーの時間軸で言えば自殺(心中)の直後だ。そして焦げた服からまだ油煙が出ている状態で現代に甦った、と見るのが正しいだろう。しかしそこに、隣で運命を共にした筈の妻エヴァ・ブラウンの姿はない。それどころか、ヒトラーはその存在すらすっかり忘れてしまっているように見える。部下の名前は随所で口にするのに(それとも俺が聞き逃したか?)。それが怪物の怪物たるところなんだろか。

ま、そこに拘るとJINみたくなっちゃうか(笑)。とにかくこれはおススメ!

覆水盆に返らず

昔の人はよく言ったもんだ。取り返しのつかない事、それをしちまったら文字通り、取り返しがつかない。

試してみたい事があって、プランを頭の中で一日練った。でも今日は体調イマイチだし、ミスったら痛いからまたにしようとも思っていた。それが帰宅後矢も盾もたまらず着手、案の定大打撃を喰らった。

これで致命的なミスが三日間で2回、おシャカにした部品のコストだけで数千円。更には指先にヤケド2カ所。マジ痛い。

これは己の生き方そのものから見直しが必要なのかも。嗚呼。

追記:  週末にかけて自損は更に拡大。まーこの一週間、よく壊したもんだ。シャレになってない orz …

事実は小説よりも残酷なり

トップを独走していたフェラーリがポルシェ917Kの猛追を受けた末、チェッカー寸前にトラブルでストップ …

これは映画「Le Mans(1971)」の中の1シーン。現地時間昨日16:00ちょい前「TOYOTA悲願のル・マン初制覇!」が、脆くも崩れ去った瞬間を目にしてから暫くして思い出したのがこれ。当時の常勝フェラーリに対してならこういうのもアリだろうが、今回のトヨタには気の毒すぎ。

ただ、解説陣も口々に「思いもよらぬ、信じられない事態」と口にしていたが、ニューマシンでの本年度はここまでろくな戦績を残せていなかったのだし、ル・マンでいきなりあれだけの快走を見せた事こそ「思いもよらない事」だったのかも。実際、最後の最後で多くの人の事前予想が当たっちまったんだし。

来年こそ「意外な快走」でなく、誰の目にも「勝つに相応しい」走りを見せて欲しいものだ。

F.Poulenc “Dialogues des carmélites” interlude 3-4

ひさびさのニセピアノはこれの第2弾、フランシス・プーランクの歌劇「カルメル派修道女の対話」より、三幕四場への間奏曲。

髪を切られ、囚人服姿の修道女らに死刑が宣告される。刑場に引き立てられ、一列になっての行進をファンファーレが迎える。市民からの割れるような歓声。その中を重い足取りで歩く修道女ら …

狂気。異常としか言いようのない有様。左手の規則的な音形と、右手で描写される浮かれたリズムと調子外れな絶叫との対比がそれを音楽的に描き出す。劇はここから凄惨なクライマックスに突入する。

初めてこれを見た時、ここがいちばん怖かった。ギロチンが公開で、それを市民がキャーキャー言いながら見物というのが実話って! 100年以上前とはいえ、とても信じられない。

フェムトセルさんサヨナラ

4年前、このような状況で我が家にフェムトセルなる機材が設置された。以来ずっと電源入れっぱなしでその存在すら忘れていたが、今回諸般の事情でauひかりを解約してソフトバンク光にする事になった。その工事が昨日完了し、いよいよ「あとはお客様ご自身で」に取り掛かった。

まずauの機材一式を撤去して …  と、ここでフェムトセルの存在を思い出した。「ああそうだ、これも繋ぎ変えなきゃダメだよな」と思ったら、これがルータにがっちり括りつけられてて外れない(!)。「なるほど、これを持ち歩かれては困るからか」と納得はしたが、これでは使えない。鉛で閉じられたワイヤを切断してやろうかと思ったその時「ん?、待てよ???」となった。これを設置したのは4年も前、ふたつ前のAndroidの頃だ。果たしてこれ、今でも必要なんだろか?

試しにフェムトセルの電源を落としてみたが、スマホのアンテナは4Gでフル! 案の定、なしでもOKだった。てか、恐らくこの前のAndroidにした2年前からこのかた、フェムトセルは何の役にもたってなかったのだ、恐らく。なんともはや。これは謹んでソフトバンクにお返しするとしよう。

未だにフェムトセルを利用中のあなた、いちどチェックしてみた方がいいかもですよん。

久々のソーラーネタ

時間ができたので、塩漬けになっていたこの試みを再開。ついては復習を兼ねてここまでの経緯をおさらい。

ソーラーパネル(以下SPと略)からの入力を常に(DC-DC経由で)バッテリチャージャー(以下BCと略)に入れていても、前者から供給される電圧・電流があるレベル以上にならないと充電は始まらない。要はムダである。そこで、SPからの電圧に閾値を設け、これ以上の時だけBCに通電するという仕組みを考える。

電圧のレベルチェックにはいろんな方法があるが、ここではツェナーダイオードを用いる。但しこのラインには大電流を流せないので、その出力を光MOSリレー(以下PMOSと略)のLED点灯に用い、BCへのラインと分ける。つまりソーラーからの入力を2分岐させ、片方はツェナーダイオード→定電流ダイオードと経由してPMOSに入れる。そしてもう片方は同じくPMOSのVin側に入れる。こうする事によって、ツェナー電圧を閾値としたスイッチ動作をさせようという狙いである。

という訳で作業開始。が既に部品だらけで訳わからん状態なので、これらを一旦全部外してゼロから組み直す。テスターとオシロでこまめにチェックしながらの作業は2時間あまり。果たしてその結果は …

2016-06-04 19.30.37 iPad Air 2 (3.3mm, f/2.4, 1/33 sec, ISO100)

ほぼ期待通りの動作。ホッとしたが、まだ幾つか問題が。一番のそれは、SPからの電圧がツェナー電圧を上回ったからといって、直ちに電流がフルに流れ出す訳ではないというところ。そこでツェナーを何種類も試してみたが、高過ぎると全く充電できなかったり、低過ぎると効果が低かったりと、なかなかベストなのを選定できない。またそれに加え、入力が閾値前後の時に通電が「始まって、すぐ終わって」を繰り返すのも気に食わない。んむむと思ったが、体力の限界につき今回はここまで。

まあ暫くこれで様子を見ながら、次の一手を考えるとしよう。