A Diplomat in Japan

先の日曜は朝から寒かった。風邪気味でもあったので昼食後、ファンヒーターの前でゴロゴロしていたんだが、たまたま点けたNHK-BSでやっていたのが「江戸城無血開城」。これにすっかり捕まり、夢中で最後まで見てしまった。最初の数分を見逃したのを悔やむと共に、今回の主役満島真之介 …  もといアーネスト・サトウに強い興味を覚え、翌日買ったのがこれ。

幕末から維新にかけ、通訳という立場で幾多の重要局面に臨場したアーネスト・サトウ。だがその過程で、日々の出来事をこと細かく日記として残していたというのがこの人のエライところ。本書はそれを元に後年本人が著した「A Diplomat in Japan」の和訳である。

その上巻第三章「日本の政情」に、次のような一文がある。

日本は、森の中に眠る美姫にも似ていた。国家泰平の夢を守る役目の人々は、姫の安眠をさまたげる蠅(はえ)を扇で追い払うよりも容易な仕事をしていたのである。姫の夢が、熱烈で旺盛な西洋人の出現によって破られたとき、年老いて耄碌(もうろく)した皺(しわ)くちゃな番人どもは、その職責にたえられなくなり、四囲の情勢の変化に即応するため、もっと適任な人々に自分の席を譲らなければならなくなった。

その比喩たるや言い得て妙、みごと本質をズバリと突いている。そして以後ずっとこの調子で当時の日本という国の様子が、明確かつユーモラスに綴られて行く(上司の目から離れたところでのそれが特に面白い)。読んでいるうち、恰も自分がタイムトンネルの向こうに降り立ったかのような錯覚に囚われた。

そういう訳で「これはイチオシ!」 …  但し前世紀初頭の作で且つ、和訳されたのが今から50年以上も前とあって読解には相当な苦労が伴う。難しい言葉や人名にはルビがふられているが、その意味すらわからないところが少なくないので辞書と地図は必須である。それを厭わなければ、こんな面白い読み物はない。下巻まで読み終えたら、改めて感想を記すことにしよう。

追記:  「神奈川」と「横浜」について

アーネスト・サトウは着任当時の外国人居留地(今の山下町あたり)の位置を「神奈川から浅い湾を南へ渡ったところにある横浜の漁村」と説明している。「対岸」との記述も。これらを読んだ人は恐らく

「神奈川って、神奈川のどこ?」
「離島じゃあるまいし、地続きの横浜へ『渡る』??」

と思うことだろう。俺もそうだった。そこで調べてみたところ、次のような事がわかった。

1.  「神奈川」とは東海道の「神奈川宿」のことで、今の京急神奈川駅付近
2.  神奈川宿は目の前が海で、そこに「神奈川湊」という港があった
3.  東海道は神奈川宿から先で保土ヶ谷方面(=山側)に向かっていた
4.  神奈川から横浜方面への陸路はまだ殆ど整備されていなかった
5.  横浜は人口数十名の寒村(横浜村)だった

つまりこの小さな漁村との往来は、神奈川湊から船でというのが通常だったのである。また外国人居留地が置かれた時、村民は強制的に山側に移住させられたという(カワイソー!)。

「なるほどねー」と思ったが、その京急神奈川駅付近なんぞ、今やクルマがぶんぶん走っているだけでろくに店もない。そもそもそこから海までは1Km近くも離れていて、港どころか潮の香りもしてこない。そこで更に調べてみたところ、なんとあの頃(幕末)にはこの一帯から横浜駅の先までが全部海の中だったというではないか(ここがいちばん参考になった)。

つまりこれら全てその後の埋め立てで作らたもので、神奈川湊は消滅、そして貿易港横浜が栄える一方で神奈川宿が廃れて今に至ると、こういう話だったのだ。因みに東海道線のこの区間も、海上に盛土で開業した後に周囲が埋め立てられて今に至るという。

いやはやなんとも、横浜村から国際都市横浜に至る歴史って、やはりスゴいなあと。