Hugo Alfvén Swedish Rhapsody No. 1 “Midsommarvaka”

ヒューゴ・アルヴェーンの「スウェーデン狂詩曲第1番 夏至の徹夜祭」。あれ以来「今やらずしていつやる!」な切迫観に囚われ、遂には作曲者自身による4手連弾の楽譜を買い求め着手。祭りにつきもののヨッパライと喧嘩と踊りの情景を頭に思い浮かべつつ、日々少しずつ音符を拾ってきた。

が、それは想像以上に♪多くて長く、そしてリズムも和声も独特で思いのほか難航。そもそもこの曲の元となったスウェーデンのフォークダンスというものを、ワタシはまるで知らなかった。

そこで一旦手を休め、スウェーデンの民謡やら舞曲やらを幾つか聞いてみたら、徐々ににポイントがわかってきた。そして、全貌が掴めたところでイッキに仕上げてみたのがこれ。我ながら「なるほど、実はこんな楽しい曲だったのね!」な気分。心ゆくまでお楽しみくださいマセ。

マエストロ広上はかく語りき

ひょんな事から杉並公会堂で日フィルの公開リハーサルをタダで見られると知り、時間ができたので荻窪へ。あれ以来だから、新装なった杉並はこれが初である。先着600人限定とあったが、事前に電話で「12:00までに来ればまず大丈夫」と聞いていたのでほぼジャストに到着。既に結構な待ち行列ができていたが、驚いたのはその年齢層の高さ。ヘタすりゃ俺が最年少か!? というほど。そりゃ平日の昼間だしとは思ったが、どうも聞こえてくる会話の内容から察するにみな日フィルもしくは杉並の常連で、俺こそが部外者なのでは? という気分になってきた。

が、まあそれはいい。大事なのは評判のいいこのホールの音響が俺好みかどうか、まずはそこだったのだから。そして開場、ホールに足を踏み入れるとそこでは普段着の団員らによる「Also sprach Zarathustra」の断片がカオスな状態で響いていた。これはいい! 低弦と打楽器がバシッと聞こえてくるところが◎。やはりこういう小ぶりなホールが俺の性に合っている。

そして定刻。噂には聞いていたが、本当にピアニカ持参で広上淳一さんが入ってきていよいよリハーサル開始。そこから約90分間、さすがプロという感じの「Also sprach Zarathustra」をたっぷり堪能。

それにしても赤いTシャツ姿のマエストロ広上、指揮台でピアニカを吹く姿たるやどこぞのなんたらバスカーズ。確かに、アゴーギクを的確に伝えるのにアレはアリだ。珍しいものを見た気分で、それはそれは楽しいひとときでした。これはおススメ!

新日フィルの思い出

先にNHKで放送された新日フィルの演奏会の模様を、録画で見ている。新日フィルかー …  久々。いまや墨田区を本拠地に安定した活動を続けているこのオーケストラだが、俺はこれまでに一度だけそれをごく間近で見た事がある。だがそれはコンサートホールで、ではない。それは …

— ココカラタイムスリップカイシ —

それは70年代末の秋、平日の夕方だったと記憶する。行きつけのレコード屋の壁に貼られた「オーケストラが町田にやってきた!」というポスターを見て驚いた。あの新日本フィルハーモニー交響楽団が今日、すぐそこに来るというのである。それもタダ!  ヒマだったし、行ってみる事にした。

但しその会場たるや、今はなき某デパートの屋上(!)。アンパンマンショーとか、演歌の新人がカラオケとかではない。プロのオーケストラが、都下摩天楼のてっぺんで演奏するというのである。雨でも降ったらさすがに中止だったろうが、この日は朝から曇天+強風。その一帯には、不穏な空気がこれでもかというほどに垂れ込めていた。

現場、もとい会場には開演より少し早く着いた。が、客少ない(涙)。既にコンクリの床には椅子やら譜面台やらが配置されていたが、その脇には運動会とかでよく見るテント。どうやらその下で湯呑み茶碗を握っているのが指揮者らしいが、強風で寒いのか肩を丸め、その周りでは男性団員らが髪をクシャクシャにしながら着替えの最中。これじゃあ女性はもっと大変なのでは?  と思ったら、エレベーターホールみたいな一角がそれに充てられたらしく、みなここにすし詰め。しかもガラス越しにその様子が丸見え(笑もとい涙)。

その間にも風は更に強くなり、客もそれなりに集まってきたが「こんなんで演奏できるんかいな?」と心配する中、楽器を抱えて団員がゾロゾロと出てきた。そして着座、コンマスのAでチューニング開始 … とそこへ、これまでで最強の疾風!  見ていた俺も身の危険を感じる中、哀れ譜面台から奪われた譜面の幾つかがが空高く舞い上がり、どこかへ消えて行った。客もみな逃げた。奏者らの前には譜面なき譜面台。

「笑っちゃいかん!」と、自らを戒めたが笑ってしまった。そんな悲劇的な状況下、指揮者が登場。「よーしオープニング、いこーかー!」と笑顔で咆哮後に指揮棒一閃、始まったのがおなじみあの常動曲@直純@TBS。

だがそこはさすがプロ。譜面などなくとも、一糸乱れぬアンサンブルがそこに繰り広げられた。ただその途上で更に多くの譜面が飛ばされるは、弦は倒されそうな譜面台を足で止めるは、管はみな空いた方の手で髪を撫で付けるはでそれはもう阿鼻叫喚。終わった時には心から「ブラボー! 」と叫んでやりたい気分だったが、既に周囲に人がおらず自粛。

あの催しがその後どうなったのか? この時点で俺も逃げたので、知らない。「音楽をナリワイとするというのは、これほど大変な事なのだ」というのを強烈に思い知らされつつ。

— ココマデ —

あの頃の新日フィルって、若い団員ばっかだった。創立からまだ数年、正にいちばん大変な頃だったろうと思う。今とは隔世の感ありなあの頃。もしかしてあの時の誰か、まだ現役でいたりして。