事実はスパイ映画より奇なり

お恥ずかしい話だが俺はかつて「あの国にもどこぞの諜報機関から工作員が送り込まれてて、下されるミッションに従って悪者の暗殺なり、兵器の破壊なりが粛々と実行されている」もんだと思っていた。だが「ああいうのって、やはり作り話なのか」と失望したのは、あの間抜けなKEDOあたりから。

スパイ映画の見すぎと笑うなかれ。007もスパイ大作戦も、東西冷戦時代にあってはあのホンモノっぽさが人気の理由だったのだから。

だが今でもやはり期待してしまうのは、側近に扮した工作員が電光石火朝鮮労働党委員長(以下「黒電話」と略)の背後に立つや右手に銃、左手に短剣でその自由を奪う瞬間。そして銃撃戦の末2人きりになったところでTVには、炎上する軍事施設と「臨時政府はいま黒電話デブの身柄を拘束したニダセヨ」な光景。スキを見て逃げようとする黒電話は哀れ蜂の巣 …

おっと、これではそれこそあの頃の映画だ。現実にはここで黒電話デブのソックリデブさんが登場、退位を世界に向け宣言する。仕事を終えた工作員は、クルーザーでパツキンさんとムフフなところでFin。あれ?  これでも映画か。

ま、映画なら映画でいいんだがこれ、尺が長すぎ。いー加減エンドロール出して,サッサと終わりにしてくれだ。

Elgar “Salut d’amour” Op.12

おなじみエルガーの「愛の挨拶」。

先日久々に耳にして、いい機会だしこれイッチョヤルカ! で着手。短い曲なので譜読みは楽だったが、こういうのって「Simple is difficult」で「らしく」鳴らすのが大変。この曲の場合随所に出てくるフェルマータやらritやらstringやらがキモで、ああでもないこうでもないの末に「まーこんなもんかな」まで辿り着いたので公開。

少しでもこれが何かの癒やしになってくれれば、と願いつつ。