いのちの証

Canon EOS 6D (24mm, f/8, 1/125 sec, ISO6400)

今朝ここを通ったときにはなかった、蝉の抜け殻。下はアスファルトだし、こいつがどこからここへやって来たのか、そして今どこにいるのかは知らない。だがこいつは確かに今日、ここにいた。その証拠がこれだ。

こいつらには報酬も休暇もない。こうして成虫となってからは、この暑い時期の一週間かそこらが最後の仕事である。だが蝉はそれを嘆くだろうか?  或いは周囲の生物を羨んだりするだろうか?

誰に教えられるでも、誰の助けを借りるでもなくこうして己の使命を粛々とこなしていく、その姿が清い。そして、今の俺にはそれがとても羨ましい。

小さな命、そこから学ぶものは多い。

いまさら EOS 6D 極私的レビュー

早いもので、EOS 6Dを使いはじめて4ヶ月が過ぎようとしている。Mark2の発売が間近だし、この期に及んでその評価もという気はするが、もしかするとここで敢えて現行機の購入を検討している向きも少なくないのではないかと思い、まとめてみた。

なおワタクシの場合

*  AFは中央一点で充分
*  ライブビューは使わない
*  連写もしない
*  動画は撮らない

ので、6Dに対してよく言われるAFのショボさとか、連射性能の低さとかは全く気にならない。

# 逆に言えば、これらに拘るのであれば6Dを選ぶ理由はナシ!

という前提で、まずは○な点から

1.  広角が広角

変な言い方だが、要は24mmが24mmで撮れるようになったということ。ファインダーの中で視界が上下左右に「ぱあっ」と開けた時は心底感動した。これこそがフルサイズを使う最大の長所であり、理由だと思う。

2.  暗所に強い

高感度性能が高く、ISO6400で充分イケるのが凄い。室内や悪天候下でもあれこれ考えず、手持ちで撮りまくってもハズレが少ないのがありがたい。

3.  重宝するWi-Fi

iPadと一緒に持ち歩くと、その大きな画面でデキを即チェックできるのが超便利。そして帰宅後、取り込みもワイヤレス(時間はかかるが)。おかげでカードスロットと、本体左側のゴム蓋を開けたことがない。

そして×な点

1.  シャッター速度の上限が1/4000

「1/8000が欲しけりゃ5Dをどうぞ」と言われそうだが、あったら良かったなーという意味で。

2.  ホワイトバランスの設定ボタンがない

まあAWBで撮って事後修正でほとんど充分なんだが、撮影時に決定できるよう、やはりそれ用のボタンがあると助かる。

3.  ファイル名のカスタマイズができない

7Dとかにはある機能で、これがないとEOSを複数台使った時にファイル名のバッティングが起きる。FWのバージョンアップとかでできそうな気がするんだが、やってくんないもんだろか?

とまあこんなところか。×がどれも致命的でないところからも、ワタクシ的満足度の高さをご理解頂けるのではないかと。

なお、APS-Cから6D(=フルサイズ)への乗り換えを検討中な人にご忠告。前者では気にならなかったレンズの「周辺光量落ち」が後者では顕著となる。純正だと補正も多少は効くが、他社のそれだとモロに出る。なので撮影の際にはこれを考慮しておかないと、あとで「アレ~!?」となる。ここがフルサイズの難しさだが、その使いこなしも楽しみのうち、な人には6Dおススメ。

以上、いまさらの6Dレビューでした。

 

Canon EOS 6D (300mm, f/8, 1/250 sec, ISO1000)

Canon EOS 6D (200mm, f/8, 1/180 sec, ISO100)

Canon EOS 6D (24mm, f/4, 1/750 sec, ISO6400)

Canon EOS 6D (90mm, f/8, 1/250 sec, ISO3200)

Canon EOS 6D (300mm, f/5.6, 1/350 sec, ISO1250)

6DMark2 発売前から喧々囂々

EOS6D Mark2が正式に発表された。現行6Dユーザの俺にはもちろん気になる製品だが「慌てて買い換えるほどのもんじゃないな」というのが今の認識。そもそもカネないし(涙)。実際それは新しい分少々お高いが、これならまたバカ売れするだろうと思っていた。

そしたらその発売直前のところへ海外からのネガティブ情報流入で、一転大騒ぎ!  予約を取り消すとか、あれやこれやに鞍替えするとか、どれもみなヒステリック。いきおい「あのー、それってそんなに大事な話なんでしょーか?」と、問いたくなってくる。むろんしないが。

写真のデキを100点満点で考えた場合、俺はざっくり、カメラの性能と撮影者のウデが半々と考えている。理想的なカメラなりレンズなりで50点なら、ウデ50点で満点(ウデはセンスと言い換えてもいい)。すると果たしてこの後者50点なのが、世の中にどれだけいるんだろか?  或いはウデに自信がないからカメラだけでも満点が欲しいというのであれば、素直に1Dなり5Dなり、或いは他社製品でも買えばいーんじゃね? と思う。

「ヘボいカメラで30点+センスで50点=80点」な写真と「サイコーなカメラで50点+ウデ30点=80点」なら軍配は前者に上がるでしょう。実際こういう残念な後者、目にする機会多いし。

期待通りの絵が撮れないのを機材のせいにするのは簡単だが、カネで買えないのがウデでありセンスである。アマチュア向け普及機のコストパフォーマンスに「裏切られた」の「騙された」の言う前に、する事あるんじゃね?  と思うのは俺だけだろか?

Hugo Alfvén Swedish Rhapsody No. 1 “Midsommarvaka”

ヒューゴ・アルヴェーンの「スウェーデン狂詩曲第1番 夏至の徹夜祭」。あれ以来「今やらずしていつやる!」な切迫観に囚われ、遂には作曲者自身による4手連弾の楽譜を買い求め着手。祭りにつきもののヨッパライと喧嘩と踊りの情景を頭に思い浮かべつつ、日々少しずつ音符を拾ってきた。

が、それは想像以上に♪多くて長く、そしてリズムも和声も独特で思いのほか難航。そもそもこの曲の元となったスウェーデンのフォークダンスというものを、ワタシはまるで知らなかった。

そこで一旦手を休め、スウェーデンの民謡やら舞曲やらを幾つか聞いてみたら、徐々ににポイントがわかってきた。そして、全貌が掴めたところでイッキに仕上げてみたのがこれ。我ながら「なるほど、実はこんな楽しい曲だったのね!」な気分。どうか最後までお楽しみくださいマセ。

マエストロ広上はかく語りき

ひょんな事から杉並公会堂で日フィルの公開リハーサルをタダで見られると知り、時間ができたので荻窪へ。あれ以来だから、新装なった杉並はこれが初である。先着600人限定とあったが、事前に電話で「12:00までに来ればまず大丈夫」と聞いていたのでほぼジャストに到着。既に結構な待ち行列ができていたが、驚いたのはその年齢層の高さ。ヘタすりゃ俺が最年少か!? というほど。そりゃ平日の昼間だしとは思ったが、どうも聞こえてくる会話の内容から察するにみな日フィルもしくは杉並の常連の様で、肩身が狭い。

が、まあそれはいい。大事なのは評判のいいこのホールの音響が俺好みかどうか、まずはそこだったのだから。そして開場、ホールに足を踏み入れるとそこでは普段着の団員らによる「Also sprach Zarathustra」の断片がカオスな状態で響いていた。これはいい! 低弦と打楽器がバシッと聞こえてくるところが◎。やはりこういう小ぶりなホールが俺の性に合っている。

そして定刻。噂には聞いていたが、本当にピアニカ持参で広上淳一さんが入ってきていよいよリハーサル開始。そこから約90分間、さすがプロという感じの「Also sprach Zarathustra」をたっぷり堪能。

それにしても赤いTシャツ姿のマエストロ広上、指揮台でピアニカを吹く姿たるやどこぞのなんたらバスカーズ。確かに、アゴーギクを的確に伝えるのにアレはアリだ。珍しいものを見た気分で、それはそれは楽しいひとときでした。これはおススメ!

Tirez sur le pianiste de faux!