悲しき体質

あれは80年代末のちょうど今頃。高速の追い越し車線を走っていて、クシャミが始まりそして止まらなくなった。これは危険と思い走行車線に移動、速度を落とした。だがクシャミは止まらないどころか更に酷くなってきた。

たまらずハザードを点灯、路肩に停止した。もうこの時点で顔の鼻から下がビチョビチョ、ティッシュを全部使い切り、ハンカチまで動員して必死に堪えた。だがそのうち目は痒くなるわシャックリまで始まるわの大騒ぎ。これでは体力を奪われるばかりだ。外は暗くなってきていたし、このままでいたら追突されかねないと判断、クルマを出す事にした。

左手で鼻をつまみ、片手運転で恐る恐る次のICまで進んで高速を降りた。そしてようやく見つけたクスリ屋に転がり込み「この、クシャミを、止める、薬は、ありますか?」とクシャミ混じりで聞いた。レジの奥に鏡があって、そこに俺の顔が写っている。汗で髪はべったり、涙目のまわりは真っ赤、鼻水でネクタイの色が変わっている。すると「そりゃ花粉ですね、これをどうぞ」と出てきたのが抗ヒスタミン剤=いわゆる鼻炎薬。喉もカラカラだったのでポカリとティッシュと一緒に購入、クルマに戻ってソク飲んだ。そして鼻にティッシュを詰め、シートを倒した。これでは死体と思われかねないので、上着で顔を覆って暫くじっとしているうちに眠ってしまった。

目が覚めると、2時間が過ぎていてもう外は真っ暗。鼻で呼吸ができる! 目の痒みもない!! 「ハァ〜」と溜息。ようやくクルマを出す事ができた。思えばそれまでも春先、風邪でもないのに鼻がグズつく事があった。さっき店主の口から出た「花粉」こそがその原因だったのだと、この時初めて知った。以来自分の中で春先というのは、年間で尤も忌まわしき季節となった。

ところがその後、なんと季節を問わずその発作が起きるようになってきた。こういうのをアレルギー体質と呼ぶらしいが、経験則というか、今やそれに至るパターンは判明している。「湿度が高い状態で気温が下がった時」に、それは来る。湯上がりに暑いからとそのままでいたり、雨上がりに薄着で歩いたりするともう百発百中。なので鼻炎薬を常時持参、危ないと思ったら予め服用しておくという予防策でどうにか回避している。殆どヤク中だが、注射も点鼻薬も効かないのだからしょうがない。いったい年間これに幾ら費やしているやら。トホホである。

同じ体質で悩んでいる人は多いと思う。より良い処し方があるのであれば教えて頂きたいところだ。

そこは横須賀

昨日は知人のブラスの定期演奏会。毎年この時期に横浜界隈で行われるんだが、今回の舞台はなんとスカゲーこと「よこすか芸術劇場」!  実はこのワタクシ、横浜とは縁深いがその先の横須賀は殆ど知らない。それも今の住まいからだと、片道2時間近い長旅。ならばついでにと、少し早めに出て戦艦三笠を見てから行く事にした。地図で見ると「横須賀中央駅→三笠公園→芸術劇場(=汐入駅)」と歩いてもたいした距離じゃなさそうだったし。

だがその時、俺はこの時期ならではの重要な注意点をうっかり失念していた。そう、花粉である。家を出てすぐグズっと来て、たまらず途中でクスリとマスクを買ったが遅かった。そこから横須賀までの道中たるやクシャミと目のかゆみで散々、既にマスクが使い物にならなくなっていた。

それでもなんとか歩き出したが、思ったよりも三笠は遠かった。フラフラになりながらどうにか到着したものの、予定時間を大幅にオーバーしていてゆっくり見る時間がない。そこでやむなく外から眺めるだけにしてホールに向かったが、これまた思ったより遠い。頭の上を悠々と飛ぶトンビが憎らしくなってきた。徐々に息切れしてきて、殆ど惰性で歩き続けた。なんだか妙に外人が多くて、英語の看板ばかりなのは幻覚か? と思った。

東郷平八郎司令長官に敬礼しただけで終わり

それでもホールに辿り着く頃にはクスリが効いてきて、ようやく頭がスッキリしてきた。一階席の真ん中付近に席を取り、周囲を見渡してみて「嗚呼、なんていいホールなんでしょ!」と感嘆。たぶん俺の好きな「鳴り」だろうと思ったが、その期待は開演と共に報われた。これこれ、こうでなくちゃ!  と嬉しくなった。澄んだ高音と、ビシっと締まった低音。レベルの高い演奏共々、苦労して来た甲斐あったなとしみじみ。

そしてシメの「星条旗よ永遠なれ」で「そうか、ここは横須賀なのだ!」と我に返った。ジンガイさんだらけなのも当然、ここは海軍の街なのだ。見渡す限り英語の看板だった、あれこそが現実なのだと、ようやくここで理解した。

「異国情緒」と言っちゃいけないんだろうが、久々にエキゾチックな雰囲気を堪能できた、それはとても楽しい一日でしたとさ。

リモコン自作の続き

やっぱりアカンかったこれに代わるアナログジョイスティックと言えば、それはもうParallaxの一択である。だが高いそれでは面白くないので、そのパチモンを使うことにした。そこでまずは動作確認をM0で。シルクには+5Vとあるが、3.3Vで使う。

むー、動いたのはいいがそのナリが。PS3のそれと同じサイズと感触、つまりデカい(-_-;)。値のアバレも皆無ではないが、何ビットか丸めてやれば問題なさそう。SWピンはM0のD3に入れ、INPUT_PULLUPでattachInterruptしてみたらちゃんと拾えた。思えばM0でこれって、今回が初だ。ま、最終的にはTrinketあたりで動かす事になると思うので、スリープとかはその時に。

けどこれ、果たしてどうやってハコ入れしたもんか。

あの火災からもうじき40年

昨日、NHKで「交信を傍受セヨ」というドキュメンタリー(の再放送)を観た。

1979年の初回放送時、俺はこれを見ていたような気がするんだがその内容を全く思い出せない。それはたぶん、当時の俺が2.26の何たるかをまるで理解していなかったからだろう。その後小説とか映画とかで知識を深めてきたが、果たしてそのタイトルにある「交信を傍受」とは? と思いつつ見始めた。

まず冒頭、アナウンサーがこの時の事を「ご記憶の方も多いと思います」と言ったのにビックリ。なるほどこの時点でまだ事件から40年ちょい、存命者も多数いただろう。それは当事者においても然りで、インタビューの対象はこの人達。またそれに先立って、当時の軍によって傍受・録音されていた関係者(本人も!)の肉声を聞いて貰っている。中でも、反乱軍兵士に投降を説く上官の言葉と、初めてそれを聞く未亡人の姿とが強く印象に残った。

これは後世に伝えるべき、素晴らしいドキュメンタリーだと思うが、実はこの中に「アッ!」と驚くシーンが。それは後年、反乱部隊の本部となった赤坂の料亭「幸楽」の跡地に建立された立派なホテル。その外観を見て、ひと目でわかった。これホテルニュージャパンじゃないか!

そう、あの火災が発生したのはこのドキュメンタリーの3年後。まだこの時点ではニュージャパンも「赤坂の高級ホテル」のひとつだったのである。浴衣姿で炎に煽られる宿泊客らの姿が、そこにオーバーラップした。そしてここを接点として、2.26から今に至る歴史が自分の中でがちっと繋がったような気になった。

# NHKオンデマンドで視聴可能な模様

大丈夫かDAZN

今年(2017)からスカパー! がJを中継しないというので、昨年末にやむなくDAZNの契約をした。そしてPCから視聴できるところまで確認したが、ロクなものをやってないので以後それっきりになっていた。

そして気づけば無料お試し期間も過ぎ、来週末にはJ開幕とあって、約2ヶ月ぶりに見てみた。が、相変わらずロクなものをやってない。まだシーズン突入前だからというのはあるだろうが、そんな時期でもこれまでスカパー!  は派手にCMを打ちまくっていたのと対照的である。目新しい情報もさっぱり聞こえて来ないし「こんなんでホントに始まるのかな?」と不安になってきた。

またこんな有様なもので、FireTVとかの手配にもまるで気が進まない。果たしてこの先いったい、どうなります事やら。

# ハッキリ言ってAbemaTVの方が楽しいし …

追記(2/27):  昨日は全国的にガンバの試合が見られないってトラブルになったらしいが、その前のJ2も「ウーン」な感。スカパー! では年に幾度か降雨で映像グチャグチャ、最悪ブラックアウトという時があったが、DAZNもしばしばそれに近い状態に。今後改善されるんだろか。

真夜中の弥次さん喜多さん

最近の極私的幕末横浜ブームの中で、東海道とチョンマゲ姿から連想されたのが映画「真夜中の弥次さん喜多さん」。「タイガー&ドラゴン」と同時期に公開され、宮藤官九郎の名前を更にメジャーにしたアレである。だがこれを観た当時の俺は、その原作たるしりあがり寿のコミックも、またその原作(?)たる十返舎一九の「東海道中膝栗毛」も読んでいなかった。つまり、殆ど予備知識ゼロでスクリーンに向かったのである。

その時の感想はと言えば「ヒジョーに面白いが、ちとクドカン臭強すぎね?」だった。どこまでがしりあがり寿でどこからがクドカンなのか、それを知るためにもコミックの方を読んでみようかな、とも思ったが、なんだかんだでそれっきりになっていた。それを今回、遂に入手・読破したのだー!

それはマガジンハウスの「合本」の古本だが、今回は事前に「東海道中膝栗毛」がどんなもんなのか調べてから読む事にした。

と、ここでいきなりビックリ!  主役の両名がモーホってこれ、しりあがり寿の設定かと思ったら原作もそうだった。すると今でいうBLモノが江戸時代のベストセラー+ロングラン!?  ホンマかいなと思ったが、どうやら当時のこの国では男色も罪には問われなかったようだ。そして話の内容も、ほぼ全編に亘ってR15かそれ以上という凄まじさ(らしい)。いやはや、それならベストセラーも宜なるかなと。

そしてここからいよいよコミック「真夜中の弥次さん喜多さん」に突入!  …とそこから、息つく間もなく半日で読了!  うううー、これは凄い、スゴすぎる! 特に喜多さんがベルリオーズみたいになっちまうところからが圧巻。それもまた、さんざ持ち上げたところで「すぱっ!」と完。恐れ入りやしたー。

けどここで「てやんでぇべらんめぇ! お伊勢参りはどーなったんだよー!」 と思ったら、ちゃんと続きが。「弥次喜多 in Deep」だそうで。読むしかないな、これも。

追記:  そのDeepな方を読んだ。文字通り「更に深いところへ引っ張り込まれたなあ」という感じで読み始めたんだが、途中から格闘シーンが増え、でかいコマに擬音だらけで頁めくりが忙しいほど。傑作には違いないが、このテーマでこの人ならもっとコンパクトかつユーモラスに描けたんじゃないかと思った。という訳で、やはりオススメは上記合本ですかね。

A Diplomat in Japan

先の日曜は朝から寒かった。風邪気味でもあったので昼食後、ファンヒーターの前でゴロゴロしていたんだが、たまたま点けたNHK-BSでやっていたのが「江戸城無血開城」。これにすっかり捕まり、夢中で最後まで見てしまった。最初の数分を見逃したのを悔やむと共に、今回の主役満島真之介 …  もといアーネスト・サトウに強い興味を覚え、翌日買ったのがこれ。

幕末から維新にかけ、通訳という立場で幾多の重要局面に臨場したアーネスト・サトウ。だがその過程で、日々の出来事をこと細かく日記として残していたというのがこの人のエライところ。本書はそれを元に後年本人が著した「A Diplomat in Japan」の和訳である。

その上巻第三章「日本の政情」に、次のような一文がある。

日本は、森の中に眠る美姫にも似ていた。国家泰平の夢を守る役目の人々は、姫の安眠をさまたげる蠅(はえ)を扇で追い払うよりも容易な仕事をしていたのである。姫の夢が、熱烈で旺盛な西洋人の出現によって破られたとき、年老いて耄碌(もうろく)した皺(しわ)くちゃな番人どもは、その職責にたえられなくなり、四囲の情勢の変化に即応するため、もっと適任な人々に自分の席を譲らなければならなくなった。

その比喩たるや言い得て妙、みごと本質をズバリと突いている。そして以後ずっとこの調子で当時の日本という国の様子が、明確かつユーモラスに綴られて行く(上司の目から離れたところでのそれが特に面白い)。読んでいるうち、恰も自分がタイムトンネルの向こうに降り立ったかのような錯覚に囚われた。

そういう訳で「これはイチオシ!」 …  但し前世紀初頭の作で且つ、和訳されたのが今から50年以上も前とあって読解には相当な苦労が伴う。難しい言葉や人名にはルビがふられているが、その意味すらわからないところが少なくないので辞書と地図は必須である。それを厭わなければ、こんな面白い読み物はない。下巻まで読み終えたら、改めて感想を記すことにしよう。

追記:  「神奈川」と「横浜」について

アーネスト・サトウは着任当時の外国人居留地(今の山下町あたり)の位置を「神奈川から浅い湾を南へ渡ったところにある横浜の漁村」と説明している。「対岸」との記述も。これらを読んだ人は恐らく

「神奈川って、神奈川のどこ?」
「離島じゃあるまいし、地続きの横浜へ『渡る』??」

と思うことだろう。俺もそうだった。そこで調べてみたところ、次のような事がわかった。

1.  「神奈川」とは東海道の「神奈川宿」のことで、今の京急神奈川駅付近
2.  神奈川宿は目の前が海で、そこに「神奈川湊」という港があった
3.  東海道は神奈川宿から先で保土ヶ谷方面(=山側)に向かっていた
4.  神奈川から横浜方面への陸路はまだ殆ど整備されていなかった
5.  横浜は人口数十名の寒村(横浜村)だった

つまりこの小さな漁村との往来は、神奈川湊から船でというのが通常だったのである。また外国人居留地が置かれた時、村民は強制的に山側に移住させられたという(カワイソー!)。

「なるほどねー」と思ったが、その京急神奈川駅付近なんぞ、今やクルマがぶんぶん走っているだけでろくに店もない。そもそもそこから海までは1Km近くも離れていて、港どころか潮の香りもしてこない。そこで更に調べてみたところ、なんとあの頃(幕末)にはこの一帯から横浜駅の先までが全部海の中だったというではないか(ここがいちばん参考になった)。

つまりこれら全てその後の埋め立てで作らたもので、神奈川湊は消滅、そして貿易港横浜が栄える一方で神奈川宿が廃れて今に至ると、こういう話だったのだ。因みに東海道線のこの区間も、海上に盛土で開業した後に周囲が埋め立てられて今に至るという。

いやはやなんとも、横浜村から国際都市横浜に至る歴史って、やはりスゴいなあと。

あれっ? ESP32!

秋月のサイト、左上にチラッと「ESP-WROOM」と見えたので「何をいまさら?」と思いつつ、良く見るとそれに続いて「32」の文字が。おお〜っ! と、ここで理解した。遂に技適取れたんかいー!!!

気になるおネダンはと言えば¥700と、予想より安いし♪ これならDIP化基板とのセットで¥1,000ぐらいか。多分これ、ArduinoでBLEな向きでのベストチョイスになる。早く出ないかなー!!!

# 実はそのBLEのためGenuino101買ったばっかなんすけど(涙)