ひさびさのメシアン

美しき水の祭典
先日、知人との会話が中途からオリヴィエ・メシアン方面に移行した。そしてメシアンと言えばトゥランガリラ交響曲、トゥランガリラと言えばオンド・マルトノと、話題はこの変な楽器へとスライドしていった。

そこでふと思い出したのが、遥かむかーしFMで聞いたオンド・マルトノの6重奏。最初フルートかチェロのアンサンブルと思って聞いていたらどうも様子が変で、何だこれは? と思ったらこれだった。その摩訶不思議な響きの印象以外は記憶から飛んでしまっていたが、気になったので検索してみたらこの曲「美しき水の祭典」というんだそうで、CDもあるというので早速注文。それが今日届いたので鑑賞中。

改めて聴いてみると、その雰囲気は「世の終わりのための四重奏曲(1940)」に良く似ている。ところがそれもその筈、実はこの曲の4曲目が「世の終わり」でチェロが延々と奏でるアレ、そのものだった。しかも驚いたことに、なんとこっちが先(1937)ではないか! つまりパリ万博のためにこんなハイカラなのを委嘱され、書いた作曲家が第一次大戦で捕虜となり、絶望的な環境下で作ったのがあの「世の終わり」と、こういう順番だったのだ。

むろんその後メシアンの名は世界的なものとなったんだが、その理由が初めて理解できた気がする。こういうのって、なんか今の中東情勢と重なるところがあるようにも思えたりして、いろいろ考えてしまった。

ちなみにこのCD、最後のトラックはラヴェルの弦楽四重奏曲の1楽章をオンド・マルトノだけで演奏したもの。これ聴いて「え、これってラヴェルの曲だったの!?」と思う人、多いんじゃないだろか。ちょっとしたリサイタル気分なこのCD、おススメです。

V.Williams “Hymn Prelude on Rhosymedre”

ヴォーン・ウィリアムズの「ロージメードル」前奏曲。なぜか昨年来、ここに検索サイトGとかYとかからキーワード「ロージメードル」でお越しになる方が増えてきていたので、試しにこれを公開してみることに。ただこの曲、著作権的に少々ビミョーなところにあるので、作ってはみたがこれまでそれを差し控えていたもの。

オルガンの譜面をそのままピアノで鳴らしたもので、せいぜい弦楽でヴィオラが主旋律にまわるところを強調しただけ。どうだろう、あの雰囲気、これで少しでも伝わっただろうか?

阪神・淡路から20年

あの時思ったこと、それは「こんな規模の自然災害が今後また起きることは、少なくとも俺の一生ではないだろう」だった。そして、そんな思いが吹き飛んだのが3.11。しかもこの時は、死を覚悟までした。

「備えあれば憂いなし」というが、それは心がけだけでできることではない。最低限、今日という日を生き、明日を楽しみに就寝するだけの余裕があって初めてできること。それすらできずに苦しんでいる人の数は、恐らく俺の思うそれよりずっと多いだろうと思う。正直、俺だって自信、ない。

今はせめてテロとか紛争とか、そういった余計な不安がそれを増長するような事だけはあってほしくないという気分。そしてこれからの自分に何ができるのか、改めて考えていきたいと思っている。

A happy new year!

と、年明けから一週間以上も経過したいま叫ぶワタシに、どうかお赦しと神のご加護を。折角だから今年の目標のうち、本サイトに関わるところだけでも表明しておこうかと。それはずばり

楽器のグレードアップ

要はこれまで2年間使い続けた「Galaxy Vintage D」以外のピアノ音源を試してみたい、という意味。この方面に詳しい人なら「アレか!」と直感されたかも知れないが、たぶんそれを近々購入することになりそう。曲によって使い分けができたらベストかなと思っている。

ただまあ、そんな経済的・時間的余裕と趣味の時間とのバランスがいちばん難しいところでもあるので、そう簡単にはいかんだろうと思ってもいる。

何はともあれ、今年も楽しい一年にすべく全力で頑張るのでどうかよろしくお願い致しますです > 各位

 

C.Debussy “Petite Suite”

このところ本業の方が忙しくて、なかなか新曲という訳にいかないのでいきおい、放置状態のやつの掘り起こしばかり。これもまるまる2年間おクラ入りしていたものに、全面的な見直しをかけて仕上げてみたもの。あの時、途中で投げ出した理由がわかる。これ、簡単そうでいて実はムズいわ。

大学の頃、選曲委員の立場を乱用してビュッセル編によるこの曲を定期の演目に強引に加えたのを思い出す。管が少なくて(トロンボーンないし)打楽器が多いという、あんまりアマチュア向けの曲ではないが楽しかったなー。

Tirez sur le pianiste de faux!