「総理、あなたは裸だ」

先の党首会談で出た、自民党総裁某氏の名言。ここでハダカの上島竜兵が口から水ピュッと吹いたらウケただろうが、相手がホンモノだけに笑えない。まあこれに限らず最近の自民ときたら、つまらんクレームと揚げ足取りばっかりでウンザリだ。それも肩書きだけ大層な面々が真顔でやるから、みているこっちが恥ずかしくなってくる。もーちょいアタマ使ってくれんかねえ。子供も見てるんだし。

内野聖陽、もとい坂本龍馬は薩摩の屋敷で「みんなが一生懸命やっちょるがは、この茶碗の中の喧嘩じゃ。そんなもんはほれ、外から指1本で倒されておしまいぜよ!」と吠えた。時代は変われど、マツリゴトの基本は変わらない。センセー方はどっかで一日休みとって、JIN全22話を見たほうがいい。よほどタメになる。

Gorky Ayame

最近出すぎ(笑)の剛力彩芽。そしてその顔を見る度に連想されるのが、80年代の米映画「Gorky Park」。幾度か見た記憶があるのは、ビデオだったからだと思う。だが怖いシーンを幾つかの他は「薄気味悪くて寒い」という印象しか記憶になく、あらすじが全く思い出せないので調べてみた。ヤホーで(笑)。

ふむふむ共産党とKGBで陰謀に亡命が云々と、ああそうだったなあと。ソ連ではこんな話があってもおかしくないかも、と思いつつ見たなあと。スパイとか工作員とかの時代だったなあと。冷戦時代だったんだなあと。

そこでふと思い出したのが80年のモスクワ五輪。今から8回前のそれを、日本は西側の一員としてボイコットした。更にはその4年後のロスで、今度は東側が報復のボイコット返し。それは悲しくもオッカナイ時代だった。

ところがその後間もなく「あっち側、ヤバくね?」という雰囲気が漂いはじめ、気がつきゃ東側諸国が次々崩壊。そして遂にはソ連がゴルビーだエリツィンだでスッタモンダの末に消滅という、これまたとんでもない事に。「事実は小説よりも奇なり」というが、あれほどスケールの大きいドラマはもう2度と見られないだろう。

しかしロシア革命といいこれといい、つくづく闘争絡みの群像劇が似合う国なのねロシアって。好きだけど。

まとめ。ゴーリキー彩芽、最近出すぎ。

東京大学音楽部管弦楽団サマーコンサート2012神奈川公演

タイトルが長いのは俺のせいではないが、久々に東大オケを聴きに行ってきた。何故って? まあ聴きたい曲があったというのはあるが、実はこの楽団こそ俺が生まれて初めて聞いたホンモノ(笑)のオーケストラなのである。高校3年の時だからもう30年以上前の、ちょうど今頃のことだ。

当時既にいっぱしのクラシック通ぶっていた俺は、地元のホールに東大のオケが来ると聞いて「安いし、ヒマだから聴きに行ってやろうか」ぐらいの軽い気持ちで向かった。しょせんアマチュアでしょ、とナメていたのだ。この時までは。

ところが1曲めが始まってすぐ、そんな気分は吹き飛んだ。そして演奏が進むにつれ、いつしか「これでアマチュアなの!?」と呆気にとられてしまっていた。終演まで2時間あまり、胸の中でいったい幾度「凄い!」と呟いたことか。生で聴く低音の深み、風のような高音、指揮棒が紡ぎ出す緩急強弱、どれもみな衝撃だった。

帰宅途中のバスの中で俺はこの日の体験を反芻しつつ、ぼんやりとこんな事を考えていた。「俺だったらチェロかな」。

呆れた事にこの世間知らずは、もう自分が奏者としてステージに立つ姿を想像していたのである。まだ進学云々が何ひとつ決まっていないばかりか、ギターが少々で譜面も満足に読めない田舎モンがである。それから秋が来て冬が来て春が ・・・

と、キリがないので昔話はこれぐらいにして、今日の演奏会。白眉はやはり「噴水」だった。レスピーギの常でみな四苦八苦だった筈だが、弦楽器は満点。そして管はどれも「外しちゃいけないポイント」をきっちり決めてくれた。中でもクラリネットが絶品で、俺的にはこれが聴けただけでも出かけた価値があったと思っている。打楽器クンが徒歩で袖に移動したのは笑えたけど。

だがやはり、今回一番の「いいね!」は指揮者の三石精一氏に付けたい。だって驚くなかれ、あの日の指揮もこの人だったのだから! もしかして、親子2代でお世話になっている団員が今日のステージにいたっておかしくない。これがどんなに凄いことなのか、今の俺にはよくわかる。あれ? 結局昔話になっちまったかな(笑)。

帰宅途中の電車の中で俺はこの日の体験を反芻しつつ、ぼんやりとこんな事を考えていた。「俺にもまだ何かできるかな」。

この夏、感動の一杯

毎年この時期は好かん。窓開けると蚊やらカマキリやらがひっきりなしに入ってくるし、夜中は300cc以上汗かくし、さりとてエアコンの下で寝ればハラ壊すし。

だが何より困るのは食欲の減退。あったかいご飯と味噌汁など見るのもイヤで、いきおい粗食になってますますバテる。そんな俺がこれではマズイと買い出しに訪れたスーパーで、ふと目にしたのがこの「海猿担々麺」。年々辛いのが苦手になりつつある俺だが、少しはピリっと来ないと今は食えない。お湯入れるだけだし、うむこれならイケると判断、即カゴに入れた。

帰宅後、さっそく調理(笑)に取り掛かった。フタを剥がし粉末スープを入れ、お湯をかけるといい香りが漂ってきて、久々にヨダレが出てきた。そして5分後、液体スープと具を入れてかき混ぜ準備完了。麺をすくって「いただきまーす」と吸い込んだ、次の瞬間 ・・・ 派手にムセた。そしてたまらず台所まで走り、涙ふきながら水をガブ飲みした。辛い! 辛すぎるぞこれは!

そりゃ担々麺が辛いのは当然である。だが「カップ麺でこれが許されていいのか」と世に問いたくなるぐらい、それは辛かった。そこでさっき剥がしたフタを良く見ると、担々麺という文字の横に赤唐辛子の絵が、そして下には「勇敢に挑め! この辛さ、この刺激」と、ふざけたコピーが。よく見ずに買った俺もバカだが、一体どこの誰が海猿から劇薬並の辛さを想像するのだ > 明星食品。危うく孤独死するところだった。

潔く負けを認め、捨てようかとも思った。が、食べ物を粗末にしてはイケナイし、何よりここで投げ出すのは俺のプライドが許さない。呼吸が整うのを待って、俺は右手に箸を左手にレンゲを握り直した。そしてまずは浮遊する麺を一気に食した。苦しい。苦しいがまだスープの中には千切れた麺と具がたくさん沈んでいる。そこへレンゲを振るうこと数回、顔面を流れる滝のような汗で視界も奪われた。そして底がぼんやり見えてきたところでスパート、両手でカップを抱え、一気に飲み干し堂々の完食!

とまあ、それはそれでいいんだが、もうTシャツもパンツも汗だく。燃え尽きた俺は暫く立ち上がれなかった。たぶんもう2度と食わないと思う。海猿も見ない。

教訓:カップ麺を買う時は妙なコラボに惑わされないようにしましょう。

真冬の夜の夢

先日、大学時代のオケ仲間数名が30年ぶりに集まった。そして昔話に花が咲く中、ひときわウケたのが2年下でフルートのY嬢(当時)と一人暮らしの俺との、或る一夜の出来事。それは ・・・

大学の4年目、季節は冬。22:00頃だったか、アパートの玄関ベルがピロピロと鳴ったので俺はドアを細く開けた。するとそこにひとりで立っていたのがY嬢。「あん? どしたの?」と聞くと「入っていいですか?」と言う。「ああいいよ、ハイ」と即座にドアを開くと、このY嬢がぷっと吹き出した。そしてその背後から笑い声と共にドヤドヤ現れたのは、同じく2年下のN以下男女数名。なんとこいつら、ここで俺がどういう反応をするか賭けてたらしい。そして人の部屋に全員で上がり込み、当たったとか外れたとかでひとしきり騒いだ後、明るくなるまでさんざ無駄話して帰って行った。とんでもないバカ共である。

そもそもあそこで主役が、棒立ちでニコニコしているようではもうその時点で失敗ではないか。こういう時は両腕を前で組みおろし、俯き加減で肩を震わせ「あの・・・」でいったん黙る。引き続き「実は・・・」と「わたし・・・」を3回ぐらい繰り返し、ジレた家主が「そんなところに立っていないで、さあおはいり」と言うまで待つ。そして室内に侵入後は奥に座り、家主が玄関に背を向けるように仕向ける。そこからは泣くなりモジモジするなりして家主を誘い込み、いよいよ釣れそうになったところへ待機部隊がビデオカメラ持って踏み込む。そして背後から「何やってんですかあ~♪」で完。俺をハメるには、最低でもこれぐらいの準備と演技が必要なのだ。わかったか > 30年前の首謀者Nとその一味。

まあそのバカ共もいまやみな立派なオッサンとババアになり、翌日仕事ある筈なのに閉店まで大騒ぎなのが微笑ましい。久々に楽しい酒飲めてシアワセでしたとさ。チャンチャン。

Tirez sur le pianiste de faux!