Offenbach = Rosenthal “Gaite Parisienne”

パリの喜び

フランスはパリに生まれ、モーリス・ラヴェル(1875-1937)に作曲を学んだマヌエル・ロザンタール(1904-2003)が、大先輩にあたるジャック・オッフェンバック(1819-1880)の遺したオペレッタの数々からよく知られた旋律を選びメドレー風に編曲、テキトーな筋をつけてバレエとしたのが私の愛聴曲のひとつ「パリの喜び(1938)」である。

バレエとしての上演機会はそう多くないが、オーケストラの演奏会では今でもしばしば採り上げられる人気曲であり、録音も少なくない。全24曲からなり、どれもみな原曲とはひと味違った魅力で聴く者を楽しませてくれる。またその中で「ブラジル人のクプレ(#6)」がライトモティーフ的に繰り返し現れ、散慢になりそうなところをきっちり締める構成など、その華麗なオーケストレーションと併せ編曲者ロザンタールのセンスが冴え渡っている。ただ演奏会や録音は抜粋が殆どで、全曲(約40分)が演奏される事はまずない。またその総譜(以下オケ譜と略)は仏Mariobois社より出版されていたが、既に絶版の模様で現在では入手困難である。

バレエとピアノ

「喜び」に限らずバレエの上演にあたっては、当然バレエ団も練習をする。その時オーケストラの代わりをするのが、ピアノでありピアニストである。バレエ曲の殆どにそのピアノ譜が存在するのは実はこういう理由によるもので、いわばそれは本番に向けての「練習用代替品」である。だがその多くは作曲者自身によって書かれており、クオリティは決して低くない。まだラジオやレコードがなかった時代には、これらを購入し自宅で奏でるという楽しみもあったに違いない。ただその性格上、これらがピアニストのレパートリーとして演奏会のプログラムに載る事はまずない。録音も稀なので、その存在すら知らないという人が殆どだろうと思う。勿体無い話である。

ピアノ独奏版「喜び」

「パリの喜び」にもピアノ譜があるのは知っていたが、これまで聞いたことないし、CDも出ていない。それなら尚のこと、是非ともこの手で鳴らしてみたいと思い、これを探した。またその間、知人のHさんもそこへ協力を申し出てくれた。この人はプロのFinale使いなのに加え、件の「喜び」オケ譜を所有するほどのオッフェンバック通でもある。こうして心強い味方を迎え、まだ見ぬピアノ版「喜び」への期待は更に高まっていった。

しかし、なんとこれもまた絶版とか。おかげで大変な時間と手間がかかったが、どうにか入手することはできた。そして期待感に胸膨らませ一読した直後、私の口から思わず出たのは …

「何だこりゃあ!?」

のひと言。これまでにも市販の楽譜でおかしなのは幾つも見てきたが、ここまで凄いのは初めてだった。何がって …

まず「手書き!」。誰かが殴り書きしたのをそのまま束ね、表紙だけ綺麗なのをつけましたという体裁で、音符も記号も読み辛いったらない。

次が「間違いだらけ!!」。聞き違えか書き違えか、初歩的かつ明らかな記譜のミスがそこら中に。もうこの時点で全身からカクカクと力が抜けてきた。

そしてトドメは「音が薄ーい!!!」。練習用にはこれで充分と考えたのか、どの曲も響きが薄っぺらで、そこからはあの豪華絢爛な雰囲気がカケラも伝わってこない。こんなの鳴らして意味あるんじゃろか? と、真剣に悩んでしまった。

詳しい事はわからないが、恐らくこれは初演の際に誰かが「なきゃ困る」からとロザンタールにピアノで弾いて貰い、それをあたふたと採譜したものなのだろう。そして大急ぎで練習場に持ち込み、更にはそのままチェックもせず出版したのに違いない。とにかくこれはヒドすぎ。殆ど使い物にならない … orz。

大英断

絶望のあまり「やめとこか」とも思ったが、ここでHさんから恐るべき提案が飛び出した。オケ譜を参考に間違いを修正し、更には音を厚くしてホンモノっぽいのをデッチ上げようと言うのである。言うのは簡単だが、それはもう譜読みとか打ち込みとかのレベルを大きく超えた、校正と編曲の領域である。「をぃをぃ」と最初は思ったが、どうやら他に手はなさそうだし「ここはいっちょダメ元で挑んでみましょーか」という事になった。

役割分担と作業の流れは、

  1.  Hさんがピアノ譜をチェックしながらFinaleで浄書(注1)。
  2.  Hさんがそれにオケ譜から音を拾い足し、SMFとして書き出す。
  3.  私がそのSMFをDominoで読み込み、緩急強弱+αをつけて仕上げる。
  4.  私がそれをGalaxy Vintage Dで鳴らし録音する。

という具合で、これを全24曲(!)。相当な難行となるであろうことは覚悟の上で、遂にそれは始まってしまったのである。

注1: 市販のピアノ譜を浄書というのもまことに変な話だが …

完成までの長い道のり

本当ならこういうのは最初に全曲の構成をじっくり検討し、どこにヤマ場を持ってくるかとか、どこをアッサリ流すかとかを見極めてからやるものである。だが今回は肝心の譜面がこんな有様なもので、形になりそうなところから始めて最後に帳尻を合わせましょうという、見切り発車で行くしかなかった。

着手後は連日、昼は仕事夜は遅くまで作業という、殆ど部活のノリとなった。仕事中に頭の中で構想を練り、帰宅後それをイッキに反映という日々が延々続いた。どの曲も大変だったが、そんな中でもひときわ手を焼いたのが序曲と、終曲「ホフマンの舟唄」だった。前者はいかんせん響きがチープで、始まりがこれでは話にならないと音の追加を繰り返した結果、最後にはその量が元の倍近くにまで膨れ上がってしまった。もはやこれは千手観音でも弾けますまい(笑)。そして後者では典雅な雰囲気の表現に苦心惨憺、殆ど原型をとどめないほどにまで手を入れてしまった。

またその他にも、オケ譜にもない事をやったり、人間技では不可能であろう高速トリルとかペダル操作とかを随所で使ったりもしたが、いずれも結果的に「喜び」らしく鳴ってくれればなんでもアリ、という方針で一心不乱に作業を進めてきた。

そして三ヶ月後

遂に完成したそれは、期待以上の仕上がりとなった。平均で約3日/曲というペースも、予想より遥かに速かった。これはもう何よりHさんの職人芸的仕込みがあってのもので、幾ら感謝してもし足りないほどである。また仕上げにしてもこの曲の場合、各々の曲の相関性が薄いので楽というのはあったが、やはり「好きな曲」故の情熱あらばこそだったと思う。加えてフランス風なワルツのリズムパターンとか、速いテンポでのペダル使いとか、今回ここで学び、身につけたものは計り知れない。この三ヶ月間、それは何ものにも代え難い、全てが貴重な体験だった。

… とまあ、能書きはこれぐらいにしておこう。まずはその成果を聴いて欲しい。恐らくは世界初であろうピアノ版「パリの喜び」全曲演奏を、どうか心ゆくまでお楽しみあれ!

Tirez sur le pianiste de faux!