ギーロッポでヴァーチャル登山な休日

この齢になっても「いちど生で聴いてみたい」と長年思っていながら、未だ果たせていない曲がまだまだたくさんある。特にリヒャルト・シュトラウスのそれが多いんだが、中でもかつては「派手なだけでxxxx」と揶揄されていた「アルプス交響曲」を遂に今日、サントリーホールで聴いてきた。指揮はおなじみ山下一史、オケは「俊友会管弦楽団」なるアマチュア。

結論から言うと、それは同じく初ナマな前半の「4つの最後の歌」ともども素晴らしい出来だった。アマチュアオケがこのホールでリヒャルト・シュトラウスのみなプログラムに挑む、それだけでも大変だろうと思う。が、今日の演奏はそういうのを差っ引いても素晴らしかった。

なぜならそこからは作曲者が「こう鳴らせ」と譜面に託した意図が、しっかり伝わってきたから。特に「アルペン」でのそれらは、ハラハラしながらの聴衆をも巻き込んでの「過酷な登山の追体験」。こういうのはアマチュアならではなのかも、とも。

こういう楽しいひとときを楽しみに、また明日からを生きていきたい。以上!

世界の中心で改めて「WindowsはXXX!」と叫ぶ

またかと言われそうだが、俺はWinがすかん。その理由はたくさんあるが、イチバンのそれがCP932とかいう内部エンコーディング。今回、久々にその地雷を踏んでしまった。足を離して木っ端微塵になる前に、自戒を込めてグチる。

普通な欧米人には理解できないであろう変な文字列(ex:日本語)をインターネットな世界で一緒くたに扱うのにUTF-8は、いまやごく普通であり常識である。そう、何もかもUTF-8でやっていればみんなハッピー、誰も困らないのである。実際AndroidもiOSもMacもLinuxもとっくにそうなっている。が、WinだけがいまだにCP932という「無意味どころか害でしかない」エンコーディングを改めようとしていない。結果、それをそのままファイルに書き出し→インターネットな処理系でそれを読む→機種依存文字の変換不可→DEAD … ある時期までは「よくある話」だった。

が、それって20年も前のこと。それをこの期に及んで食らうとは迂闊だった。更にタチが悪いのは、こういうのを「致命的な問題」と言っても、まず意味がその相手に通じないこと。「手遅れか!」と気づいた時はもう遅い。

まとめ:MSなServerとかSQLとかなシステム = 対人地雷。いずれ絶滅するが、それまでは探知に努め踏まないよう注意すること.。

ハイビジョンの功罪

急に合唱アリな「だったん人の踊り」を聞きたくなり、以前に録画したN響のそれを探し出して大音量鑑賞。ところが見始めてすぐ、団員の顔ぶれと「若さ」に違和感を感じ始めた。そこで調べてみるとこれ、2007年(=実に12年も前)のN響音楽祭のそれだった。なるほど懐かしのメンバー多いし、現役さんはみな今より12歳も若い。すると徐々にその「違和感」の理由がわかってきた。

今でもたまに生前のカラヤンとかリヒテルとかの演奏を目にすることはあるが、それらはどれも良い意味で「古ぼけ」ている。それも古いほど顕著で、映像からそれらが収録された年代を類推できるほど。ところがデジタルハイビジョン以降はどれもクオリティが高くて、説明がなければそれが昨日なのか遥か昔なのか判別ができない。特にそれが故人の場合、あまりの生々しさに「本当にこの人死んどるんかい?」と感じることしばしば。

歴史的な映像に対し、そこに「古い写真」的な懐古趣味を求めてしまうのは昭和生まれの性なんだろか?

Possible mission

20年以上も前に作られた「ある」システムの「ある」部分を作り直せとの命令が下った。ここで最初の難敵は「ビッグエンディアンなバイナリファイル×多数」。要はその当時のMotorolaな処理系(弔)がファイルに吐き出したCの構造体で、これをそのまま最新のリトルエンディアンな環境で編集せよというのである。

このような「どこの誰がいつ作ったのかわからんフォーマットへの後方互換」は、いちばんやりたくないところだが仕方ない。最初はそこ(読み書き)だけCで書いてPythonから呼ぼうかとも思ったが、エンディアンの整合を考えただけでウンザリ。何かいい手はないか? と調べていて行き着いたのがctypes.BigEndianStructure。こいつで構造体のメンバーを定義してインスタンスを作れば、エンディアンの違いを(殆ど)意識する事なくプログラミングができる。名称からしてそのものズバリな、こういうのをハナから使えるところはさすがPythonである。

ただ、だがしかし …

こういうのって、そもそもエンディアンの意味とCの構造体とが理解できてなきゃ無理=「書く」手間より「読む」手間の方がかかる。なので、Cプログラミングの経験のない若者には敷居が高い。するとやはり、このワタクシを始めとする「Cで稼いできた旧きエンジニア」ならではの仕事なのかなあ、と思うと複雑な心境。俺もビッグエンディアンと共に絶滅種入りか? … おおコワ!

暑く辛く、そして哀しかった夏

知らなかったが、あの「東京裁判」が4Kデジタルリマスターされ、各地でいま上映中なのだそうな。まあ確かにこの国の「戦前から敗戦まで」を知るにはこれがベストと俺も思っているし、多くの人に観てほしいと思うが、今日はそんな俺の「東京裁判」に関するエピソードについて。

その初公開ロードショウを諸般の事情で見逃した俺はその2年後、TBSでこれがTV放映されると知り直ちにVHSを2本買って帰った。そして迎えた当日19:00、明るいうちに録画予約と食事と入浴を済ませていた俺はTVの前で「さあこい」という感じで鑑賞を開始した。が、TVがボロくて佐藤慶のナレーションが聞き辛い。そこでボリュームを上げ、キッチンへ2本目のビールを取りに立った時だった。

あの「ニュース速報」な音がして振り返ると、画面には「… 日航機 … 消息 …」な白文字。恥ずかしい話だがこの時「あちゃー!」と頭を抱えたのは「折角の録画が」に対してであって、この段階ではまだ何が起きているのかがわかっていない。だがその後、速報がひっきりなしになってきて映画どころではなくなった。

録画はそのままにチャネルをザッピング、そして「500名以上の乗客を乗せた日航機が墜落したらしい」と判明したのは21:00頃だったか。TVもラジオもみな報道特番になっていて、まだ特定されていない事故現場に関する情報が錯綜していた。「長野県の山中か!?」と聞いた時は焦って実家に電話したが、その気配はないと聞き、少し安心したままTVの前で寝てしまった。

翌朝、つけっぱなしになっていたTVで墜落現場が判明したと知った。そしてまだ乗員・乗客の安否が不明な状況下、その名簿が淡々と読み上げられていた。寝ぼけた頭で「お気の毒に」と思いつつそれを見ていた俺が「びくっ」としたのは、良く知った人の名前がそこに現れた時。カタカナだったし、同姓同名であってくれと思いつつ、共通の知人に電話した。それに対し「身元が確認できた」と返信があったのは数日後。がくがくと膝が震え、以来現場から報道される全てが生々し過ぎて耐えられなくなった。

と、予想外の出来事で「東京裁判」どこへやらな話になってしまったあの夏。録画したビデオを見たのは、それから2ヶ月も経ってからだった。その後この映画は何度も観たが、今でも開始直後からあの「日航機」なテロップがそれに重なり、あの辛い夏を毎回思い出してしまう。だがそこで思うのは「東京裁判」もあの事故も、それで終わりではなく「自分の力ではどうにもならない事象・現実」に直面した時に人間はどう生きるべきか? という問いなのでは? ということ。

「東京裁判」リマスター版、行ってみましょうかね。

最近ちょっと気になっていること

テレ朝のニュースでの某ベテラン男性アナウンサー、その抑揚がおかしい。それも日を追うにつれてだんだん酷くなって来ている気が。なにかミスを恐れるあまり原稿を段落ごとにぶつ切れで読んでいるようで、不自然極まりない。明るいニュースでも表情が硬く、どこか悪いのではと心配になってくる。社内に指摘する人はいないんだろか?