それはそれ、これはこれ

緊急事態宣言下、いまだ営業を続けるパチンコ屋の前には毎朝入場待ちの列ができているという。いきおい「店も客もいったい何を考えているのだ!?」な反応ばかりが報道されているが、こんなの不思議でもなんでもない。なぜなら店も客もこれが「仕事」であり「食い扶持」だからであって、それを禁止されたら「終わり」だからだ。

告白するが、実は俺にもかつてこういう生活をしていた時期がある。昼間の勤めは玉代を稼ぐためで、本業は閉店までのパチンコ。勝てば焼肉でタクシー、負ければ夕食抜き。月末にこれを食らった時は空きっ腹を抱え、朝まで駅で寝た。

なのに、それでも懲りない。なぜならこういうバカはみな「ノルマが達成できないのは自分のせい」で「真面目にパチンコしていればいつか報われる」と考えているから。俺はすんでのところでこっちの世界に戻って来られたが、あのまま蟻地獄の底に飲まれて行った奴らは多い。

要は今回、新型コロナでギャンブル依存の問題点が明るみに出ただけのこと。もし仮にこの騒ぎが長期化してパチンコ屋が絶滅(*)しても、彼らは新たな「職場」を探し、移動するだけ。その頃にはテレワークならぬテレパチがダークサイド・24時間営業で繁盛しているかも … おおこわ。

  • パチンコ利権からの上納金なしでは組閣できないこの国ではまずあり得ない

岡江久美子が新型コロナで亡くなるとは夢にも思わなかったな …

絶句。

10年以上前=仕事もプライベートも最低だった頃、その日常は毎朝TBSの「はなまるマーケット」から始まっていた。他愛のない話ばかりな、この番組こそが救いだった。そこでの岡江久美子は、どこにでもいる、普通の主婦だった。

それがまさか、こんな唐突に逝ってしまうとは。俺にとっちゃ直接の知人でも身内でもないのに、様々な思いが逡巡するばかり。今はただご冥福を祈るしかないのか。はぁ。

休日テレワーク中

その傍ら、つけっぱなしのTVでいま「Jin」をやっている。それも江戸で赤痢が猛威を振るう中、静脈への点滴で重症患者を救っていた南方仁自らも罹患するという回。出演者の不祥事で再放送が封じられていた筈の「Jin」だが、これは正に「タイムリー」との判断からなのか。いきおい仕事の手を休め、何年ぶりかのそれに見入ってしまった。

そのうち今の欧州とか米国みたいに医療崩壊が深刻になったところへ、遠い未来から南方仁がタイムスリップしてきたら? 果たしてどんな治療をするのだろう? それとももう少し前の日本に現れ、ワクチンの生成に着手するんだろか?

同じことを思った人は多いと思う。まさかこんな気持ちでいま「Jin」を観ることになるとは思わなかった。それも「願わくば今のこの状況こそがドラマであってくれれば」と思いつつ。

浅草 今半別館

「異人たちとの夏」はもうずいぶん前の邦画だが、いつ観ても俺はこのシーンで必ず泣かされる。国産映画にそれまでなかった「今を生きる者の心の琴線を真に揺さぶる」傑作だ。俺的に大林宣彦とは、この不思議な映画の監督=この人あっての「異人たちとの夏」だった。

思えばこれに限らず、大林宣彦の映画はどれもヘンテコだった。常識で考えたらあり得ないストーリーを、役者の味と美しい映像(+笑いでゴマカシ)とで自然に進めていた。観念的と言ったらいいのだろうか? とにかく他の誰でもない、独特な世界観がそこにあった。好きだったのは、まさにそこ。

その大林宣彦が逝ってしまった。恐らくこれも追悼番組としてオンエアされるだろう。多くの人に観てほしい。合掌。

史上初の「緊急事態宣言」発令

から数時間、今夜のNHK「ニュースウォッチ9」のゲストは事もあろうに安倍総理である。対するキャスター陣=国民代表な立場での質疑応答で番組は進んでいるが、この人の言葉は国会でのそれとまるで同じで、こちらの心に何ひとつ響いてこない。

ちなみにウチら、明日以降も「早くから公共交通機関で移動し遅くまで密集作業し食事し帰宅し」を求められている。尤もこれらを法で全部禁止されたら食えなくなるので、有り難いといやアリガタイ。が、この不安と肩身の狭さをどう消化すりゃいいのか? 緊急事態宣言下での作業がクラスターにでもなった時、誰がどうやってその責任を負うのか? 考え出すとそら恐ろしい。

正直なところ、俺もこれを許した政府の今回の措置は「ヌルい」と感じている。が、それ以上に首相とて国民の一人、未曾有の危機に面して我々と同じ脅威を感じている筈。ならばもう少し胸襟を開いた会話ができないもんだろか? あまっさえ次の選挙が頭にあるなら、どうみてもこの状況はアカンでしょうに。