暑く辛く、そして哀しかった夏

知らなかったが、あの「東京裁判」が4Kデジタルリマスターされ、各地でいま上映中なのだそうな。まあ確かにこの国の「戦前から敗戦まで」を知るにはこれがベストと俺も思っているし、多くの人に観てほしいと思うが、今日はそんな俺の「東京裁判」に関するエピソードについて。

その初公開ロードショウを諸般の事情で見逃した俺はその2年後、TBSでこれがTV放映されると知り直ちにVHSを2本買って帰った。そして迎えた当日19:00、明るいうちに録画予約と食事と入浴を済ませていた俺はTVの前で「さあこい」という感じで鑑賞を開始した。が、TVがボロくて佐藤慶のナレーションが聞き辛い。そこでボリュームを上げ、キッチンへ2本目のビールを取りに立った時だった。

あの「ニュース速報」な音がして振り返ると、画面には「… 日航機 … 消息 …」な白文字。恥ずかしい話だがこの時「あちゃー!」と頭を抱えたのは「折角の録画が」に対してであって、この段階ではまだ何が起きているのかがわかっていない。だがその後、速報がひっきりなしになってきて映画どころではなくなった。

録画はそのままにチャネルをザッピング、そして「500名以上の乗客を乗せた日航機が墜落したらしい」と判明したのは21:00頃だったか。TVもラジオもみな報道特番になっていて、まだ特定されていない事故現場に関する情報が錯綜していた。「長野県の山中か!?」と聞いた時は焦って実家に電話したが、その気配はないと聞き、少し安心したままTVの前で寝てしまった。

翌朝、つけっぱなしになっていたTVで墜落現場が判明したと知った。そしてまだ乗員・乗客の安否が不明な状況下、その名簿が淡々と読み上げられていた。寝ぼけた頭で「お気の毒に」と思いつつそれを見ていた俺が「びくっ」としたのは、良く知った人の名前がそこに現れた時。カタカナだったし、同姓同名であってくれと思いつつ、共通の知人に電話した。それに対し「身元が確認できた」と返信があったのは数日後。がくがくと膝が震え、以来現場から報道される全てが生々し過ぎて耐えられなくなった。

と、予想外の出来事で「東京裁判」どこへやらな話になってしまったあの夏。録画したビデオを見たのは、それから2ヶ月も経ってからだった。その後この映画は何度も観たが、今でも開始直後からあの「日航機」なテロップがそれに重なり、あの辛い夏を毎回思い出してしまう。だがそこで思うのは「東京裁判」もあの事故も、それで終わりではなく「自分の力ではどうにもならない事象・現実」に直面した時に人間はどう生きるべきか? という問いなのでは? ということ。

「東京裁判」リマスター版、行ってみましょうかね。