スマホの怖さ

帰省予定の前日、これまで「ガラケーでSMS」がせいぜいだったオンナ(=俺を産んだ昭和初期)がその妹(=同じく昭和初期)にそそのかされスマホに鞍替えすると聞き、青ざめた。PCでマウスのクリックすら危ういところへ「タップフリックピンチスワイプその他モロモロ」が理解できる訳ないだろうし、なによりそれで肝心の電話ができないとなったらアウトである。これは思い止まらせるしかないと急ぎ出発したが、既に手遅れでガラケーは解約されていた。

が、結論からいうとそれはどうやら杞憂に終わりそうだ。というのも、今回のこれはスマホではなく京セラの「かんたんスマホ(注1)」。「かんたんでないスマホ」とのいちばんの違いは、前面にホンモノのボタンが3つ(電話、ホーム、メール)あること。それも着信すりゃ電話ボタンが緑に光るし、それを押せば即ハイハイで応答できる。なるほどこれならガラケーに近い使い方ができるし、WebだLINEだは後からゆっくり覚えりゃいい。まずはひと安心かな …

とそこで思い出したのが、俺のひとつ前のそれ。こいつは機種変更から一週間もしないうちに電源が入らなくなり、修理となった。これだけでも充分ムカついたが、次は1ヶ月かそこらでパネルが真っ暗なままに。想像してみてほしい。今どきのスマホは何するにもタッチパネルの操作が必要なのに、それが一切「見えない効かない」で着信への応答すらできなくなったのである。結局新品との交換になったが、本体メモリの中身はメーカーでも取り出せないんだそうで、泣く泣く諦めた。それ以来こいつは信用ならず、使うのは通話のみとして極力パネルに触れないようにしてきた。

今使ってるやつだって、アレと同じ状況にならないとは限らない。スマホの今後に求められるのは機能でも性能でもなく、何より堅牢性でしょう。「かんたんスマホ」がこの点で問題なしとなれば次、これもアリかなとも。最悪パネルがイカれても電話に出られるだろうし。

Panasonic DMC-GX7MK2 (17mm, f/4, 1/60 sec, ISO1250)
これは最近実家の眼の前の電柱がお気に入りな鳶が落としていった羽根 = 本件とは無関係

注1: 京セラが撤退したのは「スマホ」であって「かんたんスマホ」ではないという事らしい