型あるものいつかは助かる

このワタクシも「アセンブラで育ちCで稼いだ世代」なもので最初は「動的片付き言語」が苦手だった。が食うに困って何事も勉強とPHPとかJavascriptとかを使うようになって以来「アレはアレ、コレはコレ」という切り分けができるようになって幾年月、ここ暫くはPythonにすっかり軸足が移っている。ちょいプロにはこれが最適である。

だがその規模が大きくなってくるとやはり「前に自分の書いたコードが理解できない」というクライシスにしばしば陥る。またそうなると、変数や関数の型が曖昧なところが更なる混乱を招く。

そこである時期から変数の定義にはtypehintを、関数の定義にはキーワード引数をと心掛けるようになって状況は大きく改善した。尤もそれらはPythonのというよりむしろ「Pycharmの助け」あってというところだが、結果良ければ全て良しである。なので以前に書いたコードを片っ端からこれらで書き換えた = ここまでは意図したとおりだった … が、ひとつ面倒なやつが残った。

dp = {
    'name': 'sekitakovich',
    'age': 18,
    'valid': True,
    'at': dt.now(),
}

こういうCのstructure的な書き方をしている部分が綺麗に書けなくて困っていたんだが、Python3.7のドキュメントで目にした「dataclasses」なるキーワードからこれが一気に氷解した。

# 詳細については改めて!

    ツバメ夫婦から学ぶもの

    今月はじめ、何年かぶりにツバメが実家の軒先に巣を作り始めた。先日帰省した折には、生まれたばかりのヒナの姿も確認できた。次来る頃には巣立ってるかな? と楽しみにしていた。ところがその数日後、唐突に「巣が落下ヒナ全滅」との一報が。親は2羽ともその様子を離れたところからじっと見下ろしていたと聞き、可哀想でならなかった。

    するとそのまた数日後、なんと今度はこいつらがその隣に新たな巣を作り始めたとの速報が。それも前回を凌ぐペースで、恐らく数日のうちには完成しそうな勢いというではないか。驚いたもんだ。これはもう心から祈り、応援するしかない。

    もし自分があの立場になったとしたら、こんなに早く失意のどん底から這い上がることができるだろうか? 名もなきツバメ夫婦から学ぶもの、それは多い。

      スマホの怖さ

      帰省予定の前日、これまで「ガラケーでSMS」がせいぜいだったオンナ(=俺を産んだ昭和初期)がその妹(=同じく昭和初期)にそそのかされスマホに鞍替えすると聞き、青ざめた。PCでマウスのクリックすら危ういところへ「タップフリックピンチスワイプその他モロモロ」が理解できる訳ないだろうし、なによりそれで肝心の電話ができないとなったらアウトである。これは思い止まらせるしかないと急ぎ出発したが、既に手遅れでガラケーは解約されていた。

      が、結論からいうとそれはどうやら杞憂に終わりそうだ。というのも、今回のこれはスマホではなく京セラの「かんたんスマホ(注1)」。「かんたんでないスマホ」とのいちばんの違いは、前面にホンモノのボタンが3つ(電話、ホーム、メール)あること。それも着信すりゃ電話ボタンが緑に光るし、それを押せば即ハイハイで応答できる。なるほどこれならガラケーに近い使い方ができるし、WebだLINEだは後からゆっくり覚えりゃいい。まずはひと安心かな …

      とそこで思い出したのが、俺のひとつ前のそれ。こいつは機種変更から一週間もしないうちに電源が入らなくなり、修理となった。これだけでも充分ムカついたが、次は1ヶ月かそこらでパネルが真っ暗なままに。想像してみてほしい。今どきのスマホは何するにもタッチパネルの操作が必要なのに、それが一切「見えない効かない」で着信への応答すらできなくなったのである。結局新品との交換になったが、本体メモリの中身はメーカーでも取り出せないんだそうで、泣く泣く諦めた。それ以来こいつは信用ならず、使うのは通話のみとして極力パネルに触れないようにしてきた。

      今使ってるやつだって、アレと同じ状況にならないとは限らない。スマホの今後に求められるのは機能でも性能でもなく、何より堅牢性でしょう。「かんたんスマホ」がこの点で問題なしとなれば次、これもアリかなとも。最悪パネルがイカれても電話に出られるだろうし。

      Panasonic DMC-GX7MK2 (17mm, f/4, 1/60 sec, ISO1250)
      これは最近実家の眼の前の電柱がお気に入りな鳶が落としていった羽根 = 本件とは無関係

      注1: 京セラが撤退したのは「スマホ」であって「かんたんスマホ」ではないという事らしい

       

       

        遠い昔からある場所

        新宿で旧友らと会うことになり、出向いた先はNSビル。最後にここを訪れたのはまだ昭和な頃だったと思うが、あれ以来の機会にいろんな思いが去来した。

        Panasonic DMC-GX7MK2 (12mm, f/4, 1/125 sec, ISO200)

        空き地だらけだったこの界隈に新宿NSビルができたのは、確か80年代に入ってすぐ。夜クルマで新宿界隈を走っていると、いつも虹色に輝くこのビルが綺麗に見えて心癒やされたものだ。内側を吹き抜けとした構造が斬新で、1Fフロアは常に何かのイベントで賑わっていた。29Fの「スカイレストラン」も人気で、俺もしばしば利用したものだった。

        Panasonic DMC-GX7MK2 (34mm, f/4, 1/80 sec, ISO2500)
        ビールの背景が筆者です

        今回もその29F。意外なことに、窓外の景色はあの頃とあまり変わっていない。それは恐らくあの頃も今も新宿は「常に工事中」で、落ち着きがないから。それがこれまでの自分の生き様とカブった。

        Panasonic DMC-GX7MK2 (13mm, f/6.3, 1/4 sec, ISO3200)

        5時間に及んだバカ話宴がお開きとなり、エレベータを降りたところで頭上を見上げた時のショットがこれ。まだ20代だった自分がこれを見た時に感じた、あの高揚感+期待感を忘れたくないと思って。その後ヘロヘロでどうにか無事帰宅、今に至る。

        今回もまた「楽しい時間って¥で買えるもんじゃないな」と再認識した一夜でしたー!

         

          どうしたらこの様な悲劇を未然に防げるのか?

          登戸の事件を受け、ワイドショーは朝からどこもこの件でもちきり。最近こういう事件が起きるたび、米国人の「自分の身は自分で守る」+「家族の命は家長が守る」という倫理観について考える機会が増えた。もし俺に娘がいて、そこへ包丁を振りかざした男が向かって行くのを見たらどうするか? むろん必死で止めようとするに違いないが、丸腰でそれを阻止できるかといえばまずムリ。だがもし俺がその時拳銃を携帯していたら、そいつに向けて躊躇うことなく銃爪を引くだろう。それも頭部に銃口を向けて …

          むろん俺は銃など持っていないし、日本は銃刀法あっての法治国家と考えているのでそれは「タラレバ」でしかない。が、それで貴重な命が救われるのであれば誰しもこんな「救いのない思い」をしなくて済むのでは? とも。

          AEDが普及し防犯カメラやドライブレコーダーが増えても、それらの意義はみな「事後」であって、防犯には殆ど寄与していない。もはや多くの人の命を預かる運転手や教員には、スタンガンとか催涙ガスとかの携帯を義務付けるぐらいしてもいいんじゃないだろうか? てかそれぐらい思い切った舵切りをしなきゃ、こういう「被害者家族全員泣き寝いり」な悲劇は永遠に続く。なんとかならんもんだろか。