ISDNの終焉と新たなサービス体系への移行

64Kbps×2という夢のような通信速度(いまや笑)に感動し、月末に請求金額を見て腰を抜かしたあの頃が懐かしい。そんなINSネットも来年いっぱいでサービスを終了する。そのため20年も前に作った流通業者向けのシステムを、新たなサービス体系向けに再構築しなければならない。

そこで移行に向けて提供された資料を読んでいるんだが、なんともまあこれが新しいようでいて、実に古めかしい。後方互換が重要とみたのか、ろくでもないシガラミを重く引きずっていて「どうせやるならもうちいモダンでスマートなやり方があるでしょうに」とボヤきたくなってくるが、従うしかない(溜息)。

しかしもっと気の毒なのは、ここでまた多額の設備投資とべらぼうな月額利用料金を迫られる利用業者ら。それはこの業界・業態が、令和の今に至ってもあの親方日の丸由来の独占状態から脱皮していないことの、何よりの証拠。嗚呼嘆かわしや。

    楽器屋でもういっちょ

    目について購入したのがこれ。

    物心ついた頃、なぜか家にあったマーチ集LPの中に「旧友」とか「アイーダ」とかと並んでアーサー・フィドラーの演奏で入っていてよく聴いた。当時はそれなりにポピュラーだった筈なんだが、その後演奏会はおろかFMとかTVでも耳にしたことが一度もない。なのにニチフのスコアが未だ店頭に並んでいるこの不思議。

    フランスの「軍隊」で「アルジェリア」でというなんとも生臭い曲名と、このノーテンキな曲調のコントラストがまたオカシかったり。サン=サーンスも、よもやその没後フランス全土がナチ … おっと。

     

      何の気なしに立ち寄った楽器屋で

      何の気なしにポケットスコアの棚を眺めていてビックリ!

      50年経過でプーさん解禁となったのかな? そのうちヴァレーズとかも登場しそうで楽しみ!

      ※ でもショスタコの#5とか#10とかは70年代からあったしなぁ … この辺の事情は未だよくわからん。

      ※ CD棚からデュトワのを探し出して聴き読みしてみたんだが、これが買ったその日に一度聴いたきりでそのままお蔵入りになっていた理由がわかった。この演奏、ヌル過ぎてダメ。もうちょいマシなのを探してみようか。

        カタチあるものいつかは壊れる

        我が家のWinが壊れて起動しなくなった。例によって何の前触れもなく、唐突かつ最悪なシチュエイションで。しかもこれ、買ってからまだ2年にも満たない。バックアップを怠っていたので、これはもうSSDを外して必要なのだけを吸い出すしかない。このパターン、これでいったい何度目か。

        今回改めて思い知らされたこと、それは「Winはいつかは壊れる」ではなく「必ず壊れる」覚悟で使えという戒め。肝に銘じておきましょう。

        ※ 追記 このブッコワレPC、本体をバラすためのネジ穴すらない(涙)。ハンマーで叩き割るしかないのか!

          ヤン・シュバンクマイエル賛

          去年のGWもそうだったが

          会いたい人がいる
          欲しいモノがある
          行きたいとこがある

          のに、どれも果たせぬままで早くも折り返しを迎えようとしている。まあそれ以外の「やらなきゃならん事」だけは片付け、こんな時期だし「やっといた方が○」に頭を切り替えようかとも思ったが、心身共に疲労困憊でもーダメ。

          そこで開き直って床にゴロ寝。ずっと満杯警告が出ていたHDレコーダの整理でもすべえと、録りためた番組のチェック=消去を開始した。するとそこで手が止まったのがこれ。10年前のチェコ映画。当時大学生の息子の勧めで録画したっきりになっていたものが、見始めてカンペキにハマった。その冒頭、監督自身が「予算ないのでこうした」というフリ通り、艶っぽい女優がひとりな以外はロクな役者が出てこない。が、それすらも「狙ったな!」としか思えないデキ。なので改めてオススメ度100%!

          … と、単なる映画の感想であればそこまで。なんだが、ここで着目すべきはグラズノフの「演奏会用ワルツ第一番」。「ライトモティーフ」よろしく執拗かつ効果的に流れるこれこそが、この映画の成功の一因である。だが、このチェコ人監督はなんでまたここに半世紀以上も前のロシア人作曲家の、それもこんなマイナーなの(*)を選んだのか? 折角だからそんな考察とともに、この映画をお楽しみあれ。

          • この監督も恐らくスヴェトラーノフとフィルハーモニアのアレが愛聴盤だったのでしょう

            コロナ禍が炙り出す未来

            あるモノを探していて、気づくとそこは写真と¥がずらりと並んだサイト。「ハテ、ここはどこ?」と思ったら、そこはあのZ○Z○T○W○。無意味な伏字としたのは、その創業者の顔がアップで浮かんだから。でもここ …

            楽しい!

            昨年来、お店がどこも早くに閉まってしまうので休日ぐらいしか買い物に行けない。そこでこういう仮想ショップが重宝されるのは理解していたが、しょせん「現物をその場で手にとり纏ってみることができない」ところが限界だろうと思っていた。が、予めお目当てのモノのサイズ感とかフィット感がわかっているのであればその心配もない。「ウ~ンなるほど!」と思った。

            「店舗で品定め、購入はネットで」というのは後ろめたいが、そこはご時勢、物販の過度期なのでしょう。どころかこのコロナ禍でその傾向は加速、早くも近未来の物販の形態が見えてきているではあーりませんか。それはネットで

            食品であれば試食
            服飾であれば試着
            クルマであれば試乗
            不動産であれば資金繰りとその後の資金計画

            までスマホ片手にできてしまう未来! お店に出かける必要一切なし!  ああ素晴らしきハイテク! 俺も長生きしたい! と …

            思わん! 思わんが、世の中みなここへ向かってるんだろね。願わくば、そんな中にあっても「苦労して稼いでようやく手にしたモノを大切に」という気持ちこそをずっと大事にしてほしいもんだ。それを忘れたら、きっと手痛いしっぺ返しがくる。